経済

公開

日航危機に隠れた全日空「慢心経営」「羽田依存」から抜け出せず

 七月一日、全日本空輸は同月下旬に公募増資、さらに八月中旬に野村證券を引き受け手とする第三者割当増資で総額一千五百億円を調達すると発表した。これだけの増資は全日空にとって過去に例がなく、国土交通省で会見に臨んだ同社の岡田晃上席執行役員は「来年の羽田空港や成田空港の拡張を事業拡大の好機ととらえ、成長戦略を安定化させるために財務基盤を強化する」とその目的を語った。増資で得た資金をもとに燃費性能に優れる最新鋭のボーイング787型機の調達数をこれまでの五十機から五十五機に増やすなどして、競争力の向上を目指すという。

 従来なら、こうした増資の発表は東京証券取引所で行うのが通例。あえて国交省に足を運んだのはライバルの日本航空の西松遙社長が金子一義国土交通大臣を訪問するとの情報を事前に◯んでいたためだ。全日空が「自力」で資金調達したのに対し、日航は総額一千億円の融資契約を日本政策投資銀行やメガ三行と結び、その一部は国が保証するなど「政府支援」のもとで何とか資金繰りをつけた。この日はそのお礼を述べに西松社長が金子大臣を訪れたわけだが、そのタイミングを狙って全日空は会見を開き、「日航を牽制しようとした」(全日空関係者)のだ。

 全日空は会見でも再三、この増資が「経営の自由度を守り成長するため前向きな戦略の一環で、日航が活用する危機対応融資」ではないことを強調した。

「成長の余地は少ない」

 しかし、こうした策略めいた会見とは裏腹に、実際に公募増資に応じてくれる投資家を見つけるのは難航を極めた。財務部を中心に欧米各国やアジア主要国に新株の引き受け先を求めて行脚したが、「なかなか買い手が見つからなかった」(全日空幹部)という。今回の増資の発行株数は野村への第三者割当分を含め五億七千五百万株。増資後の株式数は最大二九%も増える。当然、一株利益の希薄化懸念から発表当日の株価は前日の終値より最大で七%下落。七月十三日に発表した公募増資の発行価格も一株につき二百五十九円と、同日の終値より九円低い価格となった。その結果、予定していた一千五百億円の資金調達はかなわず、目標を約八十億円下回る一千四百十六億円にとどまった。

 全日空も政投銀などからの低利融資を受けられるのであれば、「それに越したことはない」(同)というのが本音だ。しかし、二〇〇三年の重症急性呼吸器症候群(SARS)騒動で政投銀から緊急融資を受けた際、「箸の上げ下ろしまで指示され、意思決定の機動力が大きく損なわれた」(伊東信一郎社長)苦い経験がある。このため「何とか歯を食いしばって自力で資金調達した」(同)。

 しかし、これで一息つけるほど経営環境は甘くない。増資を発表したその席で全日空は、需要の少ない路線の運休・減便や人件費、一般調達費のカット、さらに無料だった機内食の一部有料化という合理化策を公表した。ただ、こうした取り組みで「当面の危機を凌いだとしても、中長期的な視点からみると全日空の成長の余地は少ない」というのが大方のアナリストの見解だ。というのも、全日空の行く手を大きく阻む大きな要因が生じたからだ。それは「日航の実質国家管理」に他ならない。

 日航は政府による緊急融資を受けた見返りに、今後は国交省の指導のもとで再建に乗り出す。「血税を無駄にしないためにもこれまでのような中途半端なリストラは認めない」(国交省幹部)方針だ。万が一、破綻となった場合には同省の監督責任が問われるため「国交省の日航へのスタンスはいつになく厳しい」(全日空幹部)という。

 この実質国有会社となった日航に対して同省は、国内外の不採算路線からの撤退を強力に求める考えでいる。静岡空港を発着する日航便の年間搭乗率が七〇%を下回った場合に、静岡県が不足分を支援する「搭乗率保証制度」を、川勝平太静岡県知事が抜本的に見直す発言をしたのに対し、国交省幹部が「それなら撤退も辞さない」と静岡県を牽制したのもこの姿勢の表れだろう。

政・官からの圧力高まる

 こうした事態が相次ぐと、しわ寄せを受けるのは全日空だ。それが端的な形で表れそうなのが羽田空港の「国際化」問題。国内線が収益の過半を占める全日空にとって国際線の拡充は悲願であり、そのためには来年の滑走路増設で増える年十五万回の発着枠を少しでも多く国際線に振り分けてもらわねばならない。現時点では年六万回を国際線に割り当てる方向で調整が進んでいるが、「これでは昼間は一日六?七路線しか増やせない」(全日空幹部)として、羽田の国際化に積極的な石原慎太郎都知事や中田宏横浜市長、塩崎恭久自民党元官房長官らを焚き付けて、さらなる国際線枠の拡大を求めてきた。

 しかし、日航支援が失敗に終われば「責任を取る」と事務次官がすごんだ国交省としては、「日航の不利になることは一切受けつけないだろう」(同)と不安を漏らす。空席となっている日航の会長に「旧運輸省のドン」と呼ばれ成田国際空港会社社長を務めた黒野匡彦元事務次官が着任するとの噂も流れるなか、実際にそうなれば、成田の存在を脅かす羽田の国際化の機運は一気に削がれることは容易に想像が付く。

 さらに衆院選を前にして、羽田の新規発着枠は「地方の格差是正のため国内線に優先的に割り振るべきだとの声が、自民党だけではなく民主党の代議士からも増えている」「地方路線の廃止に関して、すでにかなり激しい地元代議士の反発がある」(同)という。過去にも日航支援という名目のもと、地元選出の国会議員などから不採算路線を押しつけられてきた悪夢が関係者の間によみがえる。

 全日空が近年注力してきた貨物事業にも新たな壁が浮上している。同社は今秋から沖縄・那覇空港に中継基地を設け、中国や香港などのアジア諸都市へ航空貨物を効率輸送する「沖縄ハブ」を本格展開する予定だが、「思ったより集荷がよくない」(全日空関係者)。これに対して日航は、多額の負債にあえぐ関西国際空港の救済という国交省の方針に素直に従って、関空に貨物事業を集約した。全日空が沖縄ハブを声高に叫べば叫ぶほど国交省からの圧力が強まる構図となっている。

 着々と整備が進む新幹線の存在も気がかりだろう。来年以降にさみだれ式に延伸・開業する東北、九州、北陸新幹線で競合する地方路線の減便や見直しは必至なうえ、リニア中央新幹線が東京?名古屋間を四十分、しかも運賃は「今の『のぞみ』の一・四倍以下」(松本正之JR東海社長)となれば「壊滅的な影響を国内線は受ける」(大手証券アナリスト)。 

「日航は死なない程度に弱まるのが全日空にとって最も望ましい」というのが歴代全日空トップの認識だった。日航が「仮に民事再生法の申請となれば高コストの元凶である労働組合は否定され、債務カットで財務も改善。ゾンビのように復活してしまう」(全日空幹部)からだ。就任間もない伊東社長は需要の急減だけでなく、国交省、日航、新幹線という三者からの長期包囲網戦を迫られている。(敬称略)


PAGE TOP