「ジャパンマネー潰し」が始まった米英金融機関が「邦銀叩き」を再開
「こんなにシェアが上がると、やっぱり日本が怖いんですかねえ」と、ある大手銀行の元頭取はため息をついた。
「失われた十年」の間、日本が悩まされ続けたのはバブル崩壊以後の銀行の不良債権に端を発した「金融貧血」だった。貸し渋りや貸しはがしが横行し、恨みを呑んで倒産した企業は数知れない。
その金融貧血の原因が、銀行の健全性を保つために決められた自己資本比率の規制であったことは言うまでもない。特に保有株式の含み益の四五%を自己資本に算入するという邦銀の特例が、株安の時代になると足を引っ張った。国際業務を遂行するには八%の自己資本比率を、という規制。これを制定した委員会のあるスイスの町の名をとって「バーゼル?」とか「II」と呼ばれているが、これらの規制が一九八〇年代に世界を制覇しかかったジャパンマネーを抑え込むための米英のたくらみだったことは、いまや広く知られている。それが再現されようとしているから、冒頭記したオールドバンカーのため息につながる、というわけである。
「バーゼルIII」を画策か
「つい先日まで米英の銀行は死亡寸前の大打撃を受け、救急治療室にいたじゃないか」とお考えだろう。実は、少なくとも米国の大手銀行は「もう大丈夫」。次の金融秩序に向かって動き出しているのである。順序としてそこいらから説明しよう。
例としてシティグループを挙げる。ひところたった一ドル近辺の超安値というか、破産相場をつけていた同社株だが、実は大商いとともに暴騰。今は四倍の四ドル八十二セントまで回復している。しかも売買量はものすごく、発行済み株式百十三億株余の四分の一がたった一日に売買されている。
「目標値は五ドル七十五セント、買い方針」と推奨を始めたのがバンク・オブ・アメリカ・メリルリンチのアナリストチーム。「今年第2四半期決算で消費者の債務不履行の比率に安定化が見られた。向こう数四半期に見込まれる貸倒損失が軽減されてゆく」と買いの理由を述べた。また投資雑誌「バロンズ」八月十日号も、「一株当たり資産と株価との比率で見るとJPモルガン・チェースは一・〇〇倍。バンク・オブ・アメリカは〇・六五倍だが、シティは僅か〇・二二倍」と割安性を強調している。
シティだけではない。政府管理下に事実上ある金融低位株、例えばファニーメイやフレディマックの株価は三〇%以上の上昇。AIGに至っては六〇%を上回る株高だ。いずれも、三週間ほどの短期間のうちに達成した。
「景気の底入れ、最大の課題の不良債権問題も解決のメドがつきつつある」――。楽観的と笑うなかれ、これは実は万株単位でシティグループ株を買った筆者の知る米国の大富豪の発言である。
この発言の根拠は住宅関係の底入れ反発のほかに、オバマ政権の自動車産業部会幹部が漏らした「GMとクライスラーの再建の見通しは順調で、明年には新生GMの株式公開上場を実施する」という情報。びっくりさせられるくらい、好循環シナリオの展開ピッチは速い。
こうした状況を前提とすると、邦銀の国際融資業務の急展開は米国側としては「チェック」したくなるかもしれない。何しろ日本勢シェアはひところの八?九%から今年前半には一九%に跳ね上がったのだから。自分の方は十分に自己資本比率は高いし。
例によって狼煙を上げたのは英国で、去る三月に金融当局の英国金融サービス機構(FSA)のターナー会長が発表した報告書が打ち出された。「ターナー・レビュー」と呼ばれている。
目的は今回のグローバルな金融危機を振り返り、再発防止のため金融機関への規制を再検討する。内容は、(1)自己資本比率規制の強化、(2)流動性規制の導入、(3)ヘッジファンド規制、(4)格付け機関規制、(5)報酬制度見直し、(6)金融機関に対する監督見直しなど。「日本叩き」の意図が含まれるのは?の自己資本比率規制で、自己資本(ティア・ワン)の内容の厳格化がある。「バーゼルIII」とでも言えようか。具体的には優先株や劣後債などを含めて自己資本に加えているのが現状だが、これを普通株に絞って計算し直し、八%以上を国際優良銀行の最低基準にするというものだ。
優先株とは配当を優先的に受け取れる代わりに議決権が制限される株式。劣後債とは発行した銀行や企業が破綻したとき、普通の債務を弁済した後に弁済される債権。ともに広義の自己資本に含めることは世界的に認められている。しかし「返済義務がなく優先株のように高い配当を払う必要のない最も質の高い資本」を普通株と位置づけ、国際的活動を行う優良銀行の新しい基準として「普通株による自己資本比率八%」とする。これが米英側の目論見のようだ。
具体的には「九月にピッツバーグで開かれるG20金融サミットで米国主導による新規制導入」ということに。論拠は五月に発表された米銀ストレステストで、すでにこの「普通株による自己資本比率四%」を銀行の健全性の目安とした、だから―というものだ。
三菱UFJすら抵触する
「自分の基準こそグローバルスタンダード」という米国流の相変わらずの流れだが、日本側は何しろ新政権スタッフでまるっきり分かっていない。金融庁は抵抗する姿勢のようだが、これまでの例からすると多少の妥協か延期かを引き出せればまあまあ、という結末であろう。
新基準の発表は米国側の計画では一〇年だが、これを二年ほど延期させて金融庁は点数を稼いだつもりになるかもしれないが、甘い、甘い。新基準が決まった時点から四%という数字が一人歩きし出すことは目に見えている。困るところが出てくる。
邦銀三メガバンクの自己資本比率は八月現在の推定で、三菱東京UFJ銀行が四・五%前後、三井住友銀行が四%、みずほ銀行が二%。大丈夫なはずの三菱東京UFJも昨年は一兆円近いモルガン・スタンレーへの出資と追加出資とを優先株のかたちで行っている。遅くとも一〇年秋には普通株に転換されるので、自己資本比率は三・八%程度に下降する計算になる。となると、相当な規模で増資を実行して株式市場の需給を悪化させるか、増資を実行できない場合には再び貸し渋り、貸しはがしを伴う資産圧縮となる。あの悪夢が蘇る。
「そんなに強気になって米国は大丈夫か。ドルの地位を含めて楽観は許されないのでは」と訝しがる向きもあろう。特に最近、ウォーレン・バフェットやスティグリッツといった著名人がドルの地位についての懸念を表明し、有力誌「フォーブス」もドル急落とインフレを「ジンバブエ化」と題して特集している。
ただ、筆者はこのドル暴落懸念は信じない。日本と同じく中国も「ドルの罠」に嵌まり貿易黒字を米国債購入に回さざるを得なくなり、ドルの地位はぐんと高まっている。現に中国当局は、主要銀行に「劣後債の発行はやめる」よう指導して米国への賛意を示した。簡単にドル崩壊を妄信しないことだ。

















