トヨタ「経営垂直悪化」の真相不況と円高だけが原因ではない
トヨタ自動車の経営が、急速に悪化している。二〇〇八年十二月二十二日に発表した〇九年三月期決算の予想修正では営業利益が前年比七三・六%減だった十一月予想をさらに引き下げ、売上高は前期比一八・二%減の二十一兆五千億円、営業損益は一千五百億円の赤字に転落する。営業赤字となるのは決算データの残る一九四一年三月期以来、初めて。わずか一年で二兆円を超える営業減益となった。〇八年三月期に過去最高の業績を達成し、ゼネラル・モーターズ(GM)を猛追した勢いは今や遠い昔話のようだ。「世界一の優等生企業」がなぜ、ここまで急激に業績を落としたのか?
最大の「お荷物」は北米工場
「まさか、ここまで厳しい予想とは......」。大手証券関係者は「トヨタショック」に驚きを隠せない。〇八年夏までは「世界の自動車需要が下落しても、それ以上にGMやフォード・モーター、クライスラーのビッグスリーの販売が落ち込む。利益率が高い北米市場でビッグスリーからシェアを奪い、販売台数を稼げば、トータルの収支は微減で済むはず」(大手証券関係者)との見方が有力だった。
そうした「甘い見通し」は、〇八年十二月に発表した業績予想の下方修正で一気に吹っ飛んだ。トヨタ関係者は「販売不振はともかく、一ドル=九十円を割り込む急激な円高が痛い」と頭を抱える。が、「販売不振や円高よりも、もっと深刻な問題がある」と、トヨタ担当の地元記者は打ち明ける。「ここ数年の拡大膨張路線だ。販売台数の減少以上に利益が落ち込んでいるのは、工場の稼働率が低下しているから。動かない工場が、莫大なムダを生み出している」というのだ。
「ムダを省いて利益を出す」として、製造業だけでなく流通サービス業や行政でもお手本となった「トヨタ生産方式」だが、「実は二つ、穴がある」と、トヨタの生産技術に詳しい関係者は指摘する。「トヨタ生産方式で省けるムダは、部品や仕掛品などの半製品。ところが完成品である自動車は例外。生産現場が爪に火をともすような努力をしてムダを省いているのに、ディーラーには在庫の山ということも珍しくない」。ホンダは同期生産を完成しており、ディーラーから注文があった車を即日で生産できる。そのため理論上、在庫車はゼロに近い。トヨタはそこまで進んでいない。
もう一つは工場。「トヨタは生産技術で成長した企業なので、工場は聖域になっている。もちろんカイゼンなどの努力で合理化は進んでいるが、増産や生産技術を引き上げるための投資は惜しまない。新車開発のコストはケチっても、工場には高価な最新設備を迷わず導入する」という。
ここ数年のトヨタは、北米で生産能力増強のための設備投資を積極的に進めていた。〇五年夏、カナダ・オンタリオ州に年産十万台のカナダ第二工場の新設を決定。〇八年十二月に稼働し、北米での生産能力は二百万台を突破した。〇七年二月には北米で八番目となるミシシッピ工場(当初計画は年産十五万台)を一〇年に立ち上げると発表し、建設工事に入っている。「〇七年までのトヨタは米国市場で独り勝ち。最大の課題は供給能力が追いつかないことだった。富士重工業への資本参加も、本当の狙いはSIA(米インディアナ州、年産十万台)といわれている。まさに猫の手も借りたい状況で増産に躍起になっていた」と、国産車メーカーの海外事業担当者は振り返る。
ところが〇八年になると、米国販売は低迷し出す。七月に年間販売計画を当初の二百六十四万台から二百四十四万台に引き下げた。九月には「リーマン・ショック」などの金融危機が本格化し、販売不振がさらに深刻になる。十一月の米新車販売台数は約十三万台と前年同月比で三三・九%も減少。このままでは現地生産だけで販売台数を上回る「過剰生産能力」状態に陥る。トヨタは北米での減産に踏み切ると同時に、ミシシッピ工場の稼働開始を無期限に延期した。「トヨタにとって、今や最大のお荷物は膨れ上がった北米の生産拠点だ」と、トヨタの事情に詳しい経済ジャーナリストは語る。「こういう危機的な状況では、直ちに工場を閉鎖して生産余力をそぎ落とすしかない。だが、今のトヨタは身動きできない」。
警鐘を聞かなかった「豊田家」
理由は地域との関係だ。ミシシッピ州のヘイリー・バーバー知事は「トヨタのミシシッピ工場には州政府が二億ドル(約二百億円)を、地元自治体が約三千五百万ドル(約三十五億円)を投資している」とクギをさした。援助を受け取っていながら撤退となるとトヨタバッシングが起こり、米国販売がますます悪化する可能性が高い。トヨタは「設備を搬入する予定はないが工場建設は最後まで続け、すでに採用した約百人の労働者の雇用を守る」と表明しており、さらにムダな出費がかさむ。トヨタは当初「地元からの補助金でコストを削減できた」と喜んでいたが、かえって高くついた。北米での急激な生産能力増強こそ、トヨタが地滑り的な収益悪化に落ち込んだ原因なのだ。
だが、トヨタ社内に警鐘を鳴らす者はいなかったのか? 実は販売台数の急増と極端な米国市場依存には、数年前から疑問の声があがっていた。奥田碩取締役相談役も、その一人。奥田相談役は「GMを抜いて世界一になるのが、一番危ない。トヨタは二番手以下のポジションで、販売台数よりも利益率を重視する戦略を立てるべきだ」と、トヨタの拡大膨張路線に早くから警鐘を鳴らしていた。そして奥田相談役の予言通り、GMに追いつくと同時にトヨタは創業以来の未曾有の危機を迎えた。
「トヨタ中興の祖」といわれる奥田相談役が疑問を呈していたにもかかわらず、トヨタが北米での急激な増産に突き進んだのはなぜか。「豊田家の存在だ」と、豊田家と関係の深い販売会社幹部は声を潜める。「今もトヨタの実権を握る豊田章一郎名誉会長が、豊田章男副社長への大政奉還をスムーズに運ぶために世界一にこだわった。張富士夫会長や渡辺捷昭社長は、豊田家への忠誠心でトップに上り詰めた人たち。さすがにマズイと思ったかもしれないが、豊田家の意向には逆らえない」。
問題は当初のもくろみとは、がらりと違う状況になったことだ。財界関係者は「創業以来の危機だからこそ、豊田家の求心力が必要だ。むしろ章男氏が社長に就任する絶好のチャンスではないか」と大政奉還に期待する。
だが、トヨタ系メーカー幹部は「章男副社長は逆境で燃えるというタイプではない。むしろ平時でこそ、社内をまとめられる穏和な調整型の人物。こんな時期に社長をやりたいとは思わないだろうし、章一郎名誉会長も嫌がる息子の首に縄をかけてまで社長に据えようとするワンマン経営者ではない。章男副社長は、まだ若い。大政奉還は景気が上向き、業績回復の見通しがついてからだろう」とみる。
ビッグスリーと「そっくり」に
しかし、「景気が回復すれば、トヨタは復活するという見通しは甘い」と、自動車業界に詳しい専門紙記者は釘をさす。「張―渡辺体制で、トヨタの社風は大きく変わった。一言でいえば堅実な地方企業から、傲慢なグローバル企業になっている。特に顕著なのが技術開発。自社でコツコツ取り組むよりも、カネで買ってくればいいという考え方になってしまった。今のトヨタはビッグスリーとそっくりだ」。
奥田相談役は小型乗用車向けの次世代クリーンディーゼルエンジンを、いすゞ自動車と共同開発する案が役員会で提出された時に、「それぐらい自社で開発できないのか」と苦言を呈したという。トヨタのエンジニアは「あれだけの急成長になれば、すべて自社開発するのは無理。上からの命令は『販売台数を伸ばすために、とにかく何でも開発しろ』だから、社外のリソース(資源)に頼るしかなかった」と打ち明ける。
ところが、いすゞとの共同開発は業績悪化で凍結に。ソニーから小型ロボット「キュリオ」の開発部隊を引き抜いてスタートした二足歩行ロボット研究も中止する。「こうもあっさり研究開発を投げ出すのは、確たる信念や綿密な計画があってではなく、思いつきで始めた証拠。どちらもホンダに先行されたから、手っ取り早く技術を買ってきただけの話。ボロ儲けしていた頃のビッグスリーが取り組んだ、一九九〇年代後半のエコカー開発とそっくりだ」と、前出の専門紙記者はあきれる。
二〇〇〇年までのビッグスリーは空前の利益を元手に、先端技術を買いあさっていた。が、翌年の米同時多発テロで成長が止まると、開発投資の成果を得られないまま、わずか数年で経営危機に追い込まれる。
トヨタ幹部は「開発部隊以外でも、このところの急成長で社内には大企業病が蔓延している。ここまで成長したら、ちょっとやそっとでは経営は傾かないと考える社員が増えた」と嘆く。大政奉還のための無理な拡大膨張路線は、膨大なコストがかさむ低稼働の工場と大企業病という二つの災厄をもたらした。トヨタは〇八年の後半から急激に悪くなったのではない。同社の膨張が始まった時から、凋落へ向けたカウントダウンは続いているのだ。
昨年秋からの金融危機と円高はトヨタ低迷の原因ではなく、ただの引き金に過ぎなかった。そこを理解しなくては、トヨタ危機の真相は見えてこない。
最大の「お荷物」は北米工場
「まさか、ここまで厳しい予想とは......」。大手証券関係者は「トヨタショック」に驚きを隠せない。〇八年夏までは「世界の自動車需要が下落しても、それ以上にGMやフォード・モーター、クライスラーのビッグスリーの販売が落ち込む。利益率が高い北米市場でビッグスリーからシェアを奪い、販売台数を稼げば、トータルの収支は微減で済むはず」(大手証券関係者)との見方が有力だった。
そうした「甘い見通し」は、〇八年十二月に発表した業績予想の下方修正で一気に吹っ飛んだ。トヨタ関係者は「販売不振はともかく、一ドル=九十円を割り込む急激な円高が痛い」と頭を抱える。が、「販売不振や円高よりも、もっと深刻な問題がある」と、トヨタ担当の地元記者は打ち明ける。「ここ数年の拡大膨張路線だ。販売台数の減少以上に利益が落ち込んでいるのは、工場の稼働率が低下しているから。動かない工場が、莫大なムダを生み出している」というのだ。
「ムダを省いて利益を出す」として、製造業だけでなく流通サービス業や行政でもお手本となった「トヨタ生産方式」だが、「実は二つ、穴がある」と、トヨタの生産技術に詳しい関係者は指摘する。「トヨタ生産方式で省けるムダは、部品や仕掛品などの半製品。ところが完成品である自動車は例外。生産現場が爪に火をともすような努力をしてムダを省いているのに、ディーラーには在庫の山ということも珍しくない」。ホンダは同期生産を完成しており、ディーラーから注文があった車を即日で生産できる。そのため理論上、在庫車はゼロに近い。トヨタはそこまで進んでいない。
もう一つは工場。「トヨタは生産技術で成長した企業なので、工場は聖域になっている。もちろんカイゼンなどの努力で合理化は進んでいるが、増産や生産技術を引き上げるための投資は惜しまない。新車開発のコストはケチっても、工場には高価な最新設備を迷わず導入する」という。
ここ数年のトヨタは、北米で生産能力増強のための設備投資を積極的に進めていた。〇五年夏、カナダ・オンタリオ州に年産十万台のカナダ第二工場の新設を決定。〇八年十二月に稼働し、北米での生産能力は二百万台を突破した。〇七年二月には北米で八番目となるミシシッピ工場(当初計画は年産十五万台)を一〇年に立ち上げると発表し、建設工事に入っている。「〇七年までのトヨタは米国市場で独り勝ち。最大の課題は供給能力が追いつかないことだった。富士重工業への資本参加も、本当の狙いはSIA(米インディアナ州、年産十万台)といわれている。まさに猫の手も借りたい状況で増産に躍起になっていた」と、国産車メーカーの海外事業担当者は振り返る。
ところが〇八年になると、米国販売は低迷し出す。七月に年間販売計画を当初の二百六十四万台から二百四十四万台に引き下げた。九月には「リーマン・ショック」などの金融危機が本格化し、販売不振がさらに深刻になる。十一月の米新車販売台数は約十三万台と前年同月比で三三・九%も減少。このままでは現地生産だけで販売台数を上回る「過剰生産能力」状態に陥る。トヨタは北米での減産に踏み切ると同時に、ミシシッピ工場の稼働開始を無期限に延期した。「トヨタにとって、今や最大のお荷物は膨れ上がった北米の生産拠点だ」と、トヨタの事情に詳しい経済ジャーナリストは語る。「こういう危機的な状況では、直ちに工場を閉鎖して生産余力をそぎ落とすしかない。だが、今のトヨタは身動きできない」。
警鐘を聞かなかった「豊田家」
理由は地域との関係だ。ミシシッピ州のヘイリー・バーバー知事は「トヨタのミシシッピ工場には州政府が二億ドル(約二百億円)を、地元自治体が約三千五百万ドル(約三十五億円)を投資している」とクギをさした。援助を受け取っていながら撤退となるとトヨタバッシングが起こり、米国販売がますます悪化する可能性が高い。トヨタは「設備を搬入する予定はないが工場建設は最後まで続け、すでに採用した約百人の労働者の雇用を守る」と表明しており、さらにムダな出費がかさむ。トヨタは当初「地元からの補助金でコストを削減できた」と喜んでいたが、かえって高くついた。北米での急激な生産能力増強こそ、トヨタが地滑り的な収益悪化に落ち込んだ原因なのだ。
だが、トヨタ社内に警鐘を鳴らす者はいなかったのか? 実は販売台数の急増と極端な米国市場依存には、数年前から疑問の声があがっていた。奥田碩取締役相談役も、その一人。奥田相談役は「GMを抜いて世界一になるのが、一番危ない。トヨタは二番手以下のポジションで、販売台数よりも利益率を重視する戦略を立てるべきだ」と、トヨタの拡大膨張路線に早くから警鐘を鳴らしていた。そして奥田相談役の予言通り、GMに追いつくと同時にトヨタは創業以来の未曾有の危機を迎えた。
「トヨタ中興の祖」といわれる奥田相談役が疑問を呈していたにもかかわらず、トヨタが北米での急激な増産に突き進んだのはなぜか。「豊田家の存在だ」と、豊田家と関係の深い販売会社幹部は声を潜める。「今もトヨタの実権を握る豊田章一郎名誉会長が、豊田章男副社長への大政奉還をスムーズに運ぶために世界一にこだわった。張富士夫会長や渡辺捷昭社長は、豊田家への忠誠心でトップに上り詰めた人たち。さすがにマズイと思ったかもしれないが、豊田家の意向には逆らえない」。
問題は当初のもくろみとは、がらりと違う状況になったことだ。財界関係者は「創業以来の危機だからこそ、豊田家の求心力が必要だ。むしろ章男氏が社長に就任する絶好のチャンスではないか」と大政奉還に期待する。
だが、トヨタ系メーカー幹部は「章男副社長は逆境で燃えるというタイプではない。むしろ平時でこそ、社内をまとめられる穏和な調整型の人物。こんな時期に社長をやりたいとは思わないだろうし、章一郎名誉会長も嫌がる息子の首に縄をかけてまで社長に据えようとするワンマン経営者ではない。章男副社長は、まだ若い。大政奉還は景気が上向き、業績回復の見通しがついてからだろう」とみる。
ビッグスリーと「そっくり」に
しかし、「景気が回復すれば、トヨタは復活するという見通しは甘い」と、自動車業界に詳しい専門紙記者は釘をさす。「張―渡辺体制で、トヨタの社風は大きく変わった。一言でいえば堅実な地方企業から、傲慢なグローバル企業になっている。特に顕著なのが技術開発。自社でコツコツ取り組むよりも、カネで買ってくればいいという考え方になってしまった。今のトヨタはビッグスリーとそっくりだ」。
奥田相談役は小型乗用車向けの次世代クリーンディーゼルエンジンを、いすゞ自動車と共同開発する案が役員会で提出された時に、「それぐらい自社で開発できないのか」と苦言を呈したという。トヨタのエンジニアは「あれだけの急成長になれば、すべて自社開発するのは無理。上からの命令は『販売台数を伸ばすために、とにかく何でも開発しろ』だから、社外のリソース(資源)に頼るしかなかった」と打ち明ける。
ところが、いすゞとの共同開発は業績悪化で凍結に。ソニーから小型ロボット「キュリオ」の開発部隊を引き抜いてスタートした二足歩行ロボット研究も中止する。「こうもあっさり研究開発を投げ出すのは、確たる信念や綿密な計画があってではなく、思いつきで始めた証拠。どちらもホンダに先行されたから、手っ取り早く技術を買ってきただけの話。ボロ儲けしていた頃のビッグスリーが取り組んだ、一九九〇年代後半のエコカー開発とそっくりだ」と、前出の専門紙記者はあきれる。
二〇〇〇年までのビッグスリーは空前の利益を元手に、先端技術を買いあさっていた。が、翌年の米同時多発テロで成長が止まると、開発投資の成果を得られないまま、わずか数年で経営危機に追い込まれる。
トヨタ幹部は「開発部隊以外でも、このところの急成長で社内には大企業病が蔓延している。ここまで成長したら、ちょっとやそっとでは経営は傾かないと考える社員が増えた」と嘆く。大政奉還のための無理な拡大膨張路線は、膨大なコストがかさむ低稼働の工場と大企業病という二つの災厄をもたらした。トヨタは〇八年の後半から急激に悪くなったのではない。同社の膨張が始まった時から、凋落へ向けたカウントダウンは続いているのだ。
昨年秋からの金融危機と円高はトヨタ低迷の原因ではなく、ただの引き金に過ぎなかった。そこを理解しなくては、トヨタ危機の真相は見えてこない。
















