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「小沢辞任」は避けられない表舞台を降り「黒幕」に徹す

「幕末史で言えば長州征伐。幕府が長州をやっつけたんだか、やっつけそこなったんだか、よく分からない。曖昧決着で幕威が失墜したように、検察のチョンボは現代官僚政府崩壊の大きなきっかけになると思いますね」
 ある知事経験者が、そんな視点から東京地検特捜部と小沢一郎の戦いを振り返った。

 だが、長州に擬せられた民主党の矛盾も大きい。小沢が、長州を率いた維新の功臣、木戸孝允や英雄、高杉晋作なのかと言えば、相当にあやしい。

 微罪による不当捜査を理由に代表続投を宣言したものの、ゼネコンと密着した旧態依然のカネ集めが改めてクローズアップされ、小沢代表のまま総選挙へ向かう民主党の候補者たちは不安の色を隠せない。

噴き出した検察批判

 永田町に突風が吹いたのは桃の節句、三月三日の昼下がりだった。朝日新聞が夕刊(東京本社)最終版の一面トップに特ダネ「小沢氏側団体捜査へ/西松建設献金巡り規正法違反の疑い」をたたき込み、新聞の業界情報がたちまち国会議員や秘書、官僚の間に広がった。

 同日午後、東京地検特捜部は小沢の公設第一秘書で、小沢の政治資金管理団体「陸山会」の会計責任者である大久保隆規容疑者(四十七歳)を逮捕、「陸山会」事務所を強制捜索した。

 中川昭一前財務相の酔いどれ会見をはじめ、麻生政権の体たらくの穿《せん》鑿《さく》に忙殺されてきた政治報道の焦点は、この日から小沢金脈に移った。西松から自民党への献金と捜査をめぐる逸話も出るには出たが、焦点はあくまで小沢。連日の大報道にもかかわらず、かつてないことが起きた。

 世論の批判が必ずしも小沢に集中せず、検察批判が噴き出したのである。公正、無謬の審判者として曲がりなりにも世間の信頼をぎ止めてきた法務・検察が、初めて捜査の進行中から世間の批判を浴びた。

 ポイントは「なぜ、この時期」と「この程度で逮捕するのか」だった。
 小沢の秘書の起訴事実はこうだ。実際にはゼネコンの西松建設から三千五百万円受け取ったが、企業から政治家個人への献金は禁じられているため、政治資金収支報告書では政治団体から入金したように偽装した(虚偽記載)――。

 これは、隠蔽された、いわゆる裏金ではない。収支が公表されている表のカネだ。それでも逮捕した検察の言い分をかみ砕いて要約すればこうなる。
「一九九五年以後の政治資金規正法改正で企業からの献金先は政党に限定されている。これは、政治家個人にワイロ性の高いカネが直接流れるのを阻むための改正だ。改正に合わせて実態を改めるのが当然なのに、小沢氏の秘書は収支報告書を偽装した。立法の精神を踏みにじっているではないか」

 これに対し、小沢の反論は、何であれ、逮捕要件のハードルを急に下げるのは裁量権の一方的な拡大であり、露骨な野党潰しではないかという一点に尽きる。収賄罪や斡旋利得罪を問われるならまだしも、報道によって総選挙前の民主党が受けたダメージは計り知れず、容疑の軽重と比べてバランスを欠くというのだ。

 小沢とその擁護派の念頭にあるのは、〇四年の日本歯科医師連盟(日歯連)ヤミ献金事件である。自民党旧橋本派の会計責任者が逮捕され、村岡兼造元官房長官が在宅で起訴されたこの事件では、日歯連から同派へ流れた一億円のヤミ献金が問われた。

 政治資金規正法違反事件の場合、従来は、この「裏金で一億円(以上)」が逮捕の基準であり、基準をはるかに下回る額の、しかも表のカネで逮捕するのは乱暴すぎると、少なからぬ検察OBを含む識者が指摘している。

 こうした批判が公然化するようになった背景には、検察捜査の恣意性を告発した体験手記がベストセラー化し、メディアに浸透した事情がある。とくに、元外務省主任分析官、佐藤優や衆院議員、鈴木宗男の労作は多くの国民に共感をもって読まれた。

 それだけではない。〇二年四月、検察の裏金(調査活動費)の実態をメディアに暴露し始めた大阪高検の現職公安部長、三井環が、テレビのインタビューを受ける直前に逮捕された。この一件は、検察もまた堕落した官僚組織に過ぎないという印象を国民に植えつけるに十分だった。

小沢の「虚像」が生んだ事件

 検察捜査に対するオピニオンリーダーたちの分裂を象徴するのが、相次いで朝日新聞に掲載された政治学者、ジェラルド・カーティス米コロンビア大教授と元東京地検特捜部検事(ロッキード事件担当)、堀田力さわやか福祉財団理事長の投稿だ。カーティスは「検察には説明責任がある」(三月十二日朝刊)と論じ、堀田は「検察に説明責任はない」(同二十日朝刊)と反論した。検察は法廷で立証するものだという一般論は堀田の言う通りだが、今回の捜査が秘書の政治資金規正法違反だけで終われば、それではすむまい。

 国民参加の司法制度改革を呼びかけている司法当局が、無視できない広がりを持ち始めた捜査批判に耳を貸さぬというご都合主義が通るかという問題になる。検察は非常に苦しい立場に追い込まれたと言えるだろう。

 小沢が動揺する検察の足元を見て強気に出たことは間違いないが、小沢の足元もまた危うい。民主党のベテラン議員が言う。
「前回衆院選で、自民党と民主党が一万票以内の差で競り合った小選挙区がざっと五十ある。そういうところほど、不明朗なカネの話って響くんですよ」

 報道によれば、西松建設から小沢側に渡ったカネは十数年間で三億円を超えている。この献金の趣旨は何か。西松の社員と下請け業者が小沢の『日本改造計画』(講談社)を読んで感激し、浄財を寄せたなどという話を真に受ける者はいないだろう。

 起訴された西松の前社長は「胆沢ダム(岩手県奥州市)の工事受注に期待」して献金したと供述しているが、ダムの発注者は国土交通省で、野党党首の小沢には職務権限がない。小沢が国交省に口利きした痕跡もない。これをどう見るべきだろうか。

「おそらく、小沢さんの虚像が生み出したカネでしょう」と見るのは公共事業の発注に詳しい霞が関のキャリア官僚OBだ。
「ダム工事はゼネコンの談合で仕切られており、国交省東北整備局は見て見ぬふりをしている。西松はそこへ入り込もうとして、金丸(信・元自民党副総裁)さん以来、縁の深い小沢さんに貢いできた。そのうちに談合の仕切り屋が西松の参入を認め、国交省が西松に発注した。野党党首だけど、小沢さんの地元だし、何しろ首相候補ですからね。一番悪いのは不明朗な現実を正さず、黙認して発注してきた役人ですよ」 

 なるほど、これで小沢の犯罪を問うことは難しい。だが、三億円の献金者の善意を信じて素性を穿鑿しないなどという小沢の説明を信じる者はいない。世間知らずの理想家を装う小沢は、戦後の国土開発の陰で政官業癒着の土建政治を完成させた田中角栄の秘蔵っ子だ。田中の継承者、金丸は小沢の後見人であり、その金丸の継承者が小沢なのである。

 田中はロッキード事件で、金丸は東京佐川急便事件と巨額脱税事件で検察に倒された。小沢は田中、金丸の側近として検察と争いながら、自分だけは生き延び、今日に至るまで激しい検察批判を続けてきた。小沢は企業献金の実態と関係法務を誰よりも知り抜いている。今回の事件は、その小沢と検察の宿命の対決なのだ。

露呈した小沢の「暗い擬態」

 そういう実情でありながら、何食わぬ顔で「適法に処理しています」とか「浄財なので」とか言ってのける小沢のふてぶてしさは暗黒街の顔役を思わせる。暗い擬態は、空涙では洗い流せない小沢の本質であり、大衆人気が薄い理由もそこにあろう。 

「秘書が逮捕された直後は『ガンバレ』という激励が圧倒的だったけど、代表の続投宣言(三月二十四日)以降は、『なんで辞めないんだ』という抗議電話一色になってきてますね」
 民主党国会議員が口々にぶちまける通り、議員の個人事務所や党の都道府県連に寄せられる批判は増えてきている。

 秘書は起訴されたが、小沢は代表にとどまり、いわば検察にアカンベーをしてみせた。が、三月末から四月に集中する地方選挙の結果とメディアの世論調査を見極め、小沢は結局、辞任するという見方が大勢だ。舞台を降りて黒幕になるという選択は、もとより小沢の望むところなのだ。

 二十四日の記者会見で「カネは何に使うのか」と聞かれた小沢の答えが興味深い。
「スタッフがいっぱいいて、選挙のお手伝いをさせてもらっている。若い政治家と同列に論評されても、ちょっと、私もどう答弁していいのか......」

 小沢は当惑しながらも正直に答えている。ゼネコンのカネで多くの秘書を雇い、車をつけて各地に送り込み、選挙活動にテコ入れする。これが小沢の情報収集と党内掌握の極意だ。それに依存する民主党であり続けるかどうか。

 永田町の春の嵐となった小沢金脈捜査は、仕掛けた検察の思惑を超え、ひとまず攻勢を食い止めた小沢の計算も超え、双方の足をすくうドラマへ発展する可能性を秘めている。(敬称略)


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