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【特別リポート】「風前の灯」パキスタンの核「国家転覆」目論むタリバン

「ロバート・ゲーツ米国防長官は私とCNNテレビでインタビューした際、『パキスタンのイスラム武装勢力タリバンが首都のイスラマバードに接近してきたことはパキスタン軍にとって危険が迫っているとの警鐘になったと思う』と語った」―米週刊誌ニューズウィーク国際版編集長のファリード・ザカリア氏は五月十八日号の同誌にこう書いた。

 パキスタン北西辺境州とアフガニスタン国境沿いの部族地域の二四%が武装勢力に実効支配され、危機が首都に迫っているにもかかわらず、パキスタン軍は何もしなかったというゲーツ国防長官の悲鳴にも似た論評は何を意味するか。パキスタンの核がアルカーイダやタリバンの手に渡ったときの危機感だ。いまの国際秩序は、主権国家対国際テロリストの生存を賭けた対立に転換されるかもしれない。最悪の事態を回避するため立ち上がるべきパキスタンは、経済の危機、政治的不安定、反米ムードとタリバンへの同情、などの複雑な要素を抱え込んでいる。

オバマ政権にとっての「最大の悪夢」

 9・11同時多発テロ後のアフガニスタン戦争で大打撃を受けたタリバンは数年前から勢いを盛り返し、アフガン・パキスタン国境地帯でテロ活動を開始した。「タリバン」を正確に特定するのは難しく、イスラム原理主義のタリバンのほかに、アルカーイダ、外国軍駐留を拒否するアフガニスタン南部のパシュトゥーン人、パキスタンのイスラム武装勢力などが存在する。米オバマ新政権下でいち早くアフガニスタン・パキスタン担当の特別代表に任命されたリチャード・ホルブルック大使は四月十八日に都内の日本外国特派員協会で講演した際に、「誰がタリバンかを見定めるのは難しい」として、・イスラム原理主義の徹底を目指す少数の中核メンバー、・戦闘で家族が犠牲になったり、政府の腐敗や貧困に憤慨してタリバンを支援するようになった住民、・賃金に釣られ出稼ぎのつもりで参加した傭兵―の三種類に分類した。

 そのタリバン勢力がパキスタン政府と休戦協定を結んだのは去る二月十六日だった。北西辺境のスワト、バジョール、南北ワジリスタン地区で口約束だけの停戦を実施する代わりにタリバン側はイスラム法のシャリーアを強制執行できる権限を取得した。アフガニスタン側から無人機によるタリバン攻撃を行ってきた米国にとって「平和とシャリーア交換」協定は衝撃以外の何ものでもなかった。三度にわたる掃討作戦に真剣な取り組み方をしなかったパキスタン軍に対する不信感と、口先だけの休戦によって本格的攻撃を始める準備期間を持ってしまったタリバンへの警戒感が募ったからだ。

 米政府の懸念が深刻なのは、パキスタンがともに核保有国であるインドと対立し、タリバン勢力の攻勢に対する緊張感を欠き、国内にあまりにも多くの難問を抱え、国軍の中にタリバンと密接な関係を持つ勢力が存在するからである。そもそも9・11テロ以前のタリバンを軍事的に梃入れしたのはパキスタン軍部である。現将校の中には宗教的結びつきのほかに民族的な近似性からタリバンに共感を抱く向きが少なくない。パキスタンが保有する核兵器が国際テロリストの手に渡るケースはオバマ政権の悪夢にほかならない。

 オバマ大統領は三月二十七日にアフガニスタン・パキスタン政策の包括的な新戦略を軍事、外交、援助の三本柱として発表した。その際に述べた「明確で焦点を絞った目標を私が持っているのを米国民は理解してほしいと思う。すなわち、パキスタンとアフガニスタンのアルカーイダを粉砕し、解体し、敗北させ、将来いずれの国においても復活するのを阻止することだ。この目標は達成しなければならない。これ以上正しい動機はあるまい」との表現は記録しておく必要がある。アルカーイダはタリバンと同義語であり、「粉砕、解体、敗北」がキーワードだ。

パキスタン政府は事実上破綻


 包括的新戦略を嘲笑するかのようにタリバン勢力は四月に入ってすぐスワト地区からブネール地区に侵入した。ブネールからわずか百キロのところにイスラマバードがある。パキスタン政府がもったいぶって公表した「平和とシャリーア交換」協定は歯牙にもかけられなかった。事態を重視した米下院外交委員会は関係者を招いて一連の公聴会を開いた。四月二十二日に証言したヒラリー・クリントン国務長官は「核武装国家であるパキスタンの国家転覆を目論むテロリスト」の進撃は国際社会にとって「致命的な脅威だ」と述べた。ブッシュ前政権との違いを示すために「協調性」をことさらPRしようとしているオバマ政権の重要閣僚としては異例の激しい表現といっていい。

 オバマ政権はパキスタン政府を支援するため、年間の非軍事援助額を十五億ドルに増やす方針だが、この日の公聴会では民主党のデービッド・R・オベイ議員らが「パキスタン政府に正しい行動をする能力があるとは全く考えられない」との不満をぶちまけた。パキスタン政府に怒りを抱きながらも、援助費予算の承認を求める立場のクリントン国務長官は翌日の下院歳出小委員会で、「パキスタン政府の意識は徐々にではあるが高まりつつある」と論評し、むしろ議員側の批判をなだめる側に回った。

 とにかく、オバマ政権は国際テロとの戦いに関係する二つの国を敵に回すわけにはいかない。オバマ大統領は五月七日にホワイトハウスで、パキスタンのアシフ・アリ・ザルダリ、アフガニスタンのハミド・カルザイ両大統領と会談し、包括戦略を成功させるため、両国との緊密な協力を進めることで合意を得た。同席したクリントン長官は「パキスタン政府の行動には非常に感銘している」との心にもない感想を述べていた。

 この間にオバマ政権はパキスタン政府に対して、イスラマバードに迫るタリバン勢力に本格的掃討作戦を実施するよう猛烈な圧力を加えたようだ。ワシントンの三カ国首脳会談に合わせるようにパキスタン軍の大規模攻撃が始まった。パキスタン軍は八日、スワト地区におけるタリバンなどイスラム武装勢力への反撃で二十四時間内に百四十三人を殺害したと発表した。同時に国連難民高等弁務官事務所は、スワト地区から数日間で二十万人近くの避難民が発生した。すでに難民生活を強いられている人々と合わせると、百万人以上に上る大きな問題が出現しているとしている。

全テロリストが核へ容易に接近

 一般に六十ないし百基あるといわれているパキスタンの核兵器は果たして安全なのか。オバマ大統領自身は、核兵器の管理こそはパキスタン軍の最重要な仕事で、自分としては軍を信用しているとの立場を一貫して取ってきた。しかし、米関係者の本音は楽観からはほど遠い。ブッシュ政権時にいわゆるネオコンの一人と目され、国連大使を経験し、いまアメリカン・エンタープライズ公共政策研究所の上級研究員であるジョン・ボルトン氏は五月二日付のウォールストリート・ジャーナル紙にいくつかの問題点を指摘した。

 第一は、パキスタン国内の不安定が引き続き増大し、ひ弱な民主主義制度と軍を破壊してしまうシナリオだという。ザルダリ大統領とパキスタン・イスラム教徒連盟のナワズ・シャリフ総裁との対立は、去る三月に大統領側が政府への抗議活動を禁止し、政党関係者数百人を逮捕するに及んで頂点に達した観がある。おまけに世界的な金融危機でパキスタンは国際通貨基金(IMF)から昨年急遽七十億ドルの融資を受けざるを得なくなり、国民の不満は高まる一方だ。事実上の破綻国家が東側のインドと軍事上の緊張を続けつつ、西側からの武装勢力の侵入に的確な対処ができない状況なのである。ボルトン氏は軍内部にタリバン勢力への内通者がいる以上、いずれいくつかの核兵器が軍の統制の目を盗んでタリバン側に渡るリスクは明白で、さらにそれがアルカーイダに届いたときの全世界的な影響を予想しておいた方がいい、という。

 第二は、さらに危険なシナリオだ。パキスタンの現状はいつ政府が崩壊し、軍が分裂してもおかしくないが、この間隙を縫って組織がしっかりしたタリバンのようなグループが権力を掌握する可能性がある、とボルトン氏は見る。もちろん、タリバン武装勢力が自由で、公平な選挙を通じて政権を獲得する事態は考えにくいが、政治的、経済的大混乱を利用してチャンスを掴むようなことがあれば、全国に分散されている核兵器全体を管理するイスラム過激派政府がパキスタンに誕生する。

 第三に、この結果全テロリスト集団がこぞってパキスタンの核に遠慮会釈なく接近してくるだけでなく、とりあえずはインドが身構え、イランも核計画を推進し、自衛のためと称してサウジアラビア、エジプト、トルコの三国はパキスタンに直接核兵器の購入を申し入れるだろう、とボルトン氏は予想する。世界が戦慄を覚えるような事態を回避するには、パキスタン軍からイスラム原理主義分子を追放し、タリバンの進出を食いとめ、アフガニスタンの米軍を中心とする北大西洋条約機構(NATO)軍と協力できる体制を速やかに築くことだ、とボルトン氏は力説している。オバマ政権が懸命に試みている方向と大きな差があるとは考えられない。

パキスタンとは何者なのか

 民主、共和両党の立場いかんを問わず、ボルトン氏の分析への反対は少ない。パキスタンのタリバン武装勢力の動きが活発化してから何人もの米当局者が発言を続けているが、いずれも明快な回答を出していない。レオン・パネッタCIA(米中央情報局)長官は五月十八日のロサンゼルスにおける会合で、タリバンが核兵器を入手すれば「最悪の事態になる」「すべての核の保管場所の正確な情報は持っていない」とあやふやな発言をしたあとで、「安全性はかなり確保されている」と述べた。武装勢力がパキスタンでの活動範囲を拡大している理由についても、アフガニスタンから米無人機プレデターによるミサイル攻撃が相当効果を上げた結果の移動ではないかとの楽観的見方もある。

 が、9・11事件以来米国が最も敵視してきたアルカーイダの根拠地はパキスタンだ。デービッド・ペトレアス米中央軍司令官は五月十五日にCNNなどのテレビ・インタビューで、アルカーイダ指導層は司令塔をパキスタンに構え、アフガニスタン、中東諸国、北アフリカなどにいる構成員に対してテロ活動の指示を出していると語った。そのうえでスワト地区などタリバンが実効支配しているところでは女学校教育が禁止され、理髪店に対して男性の髭剃りを止めるよう命ずるほか歌舞音曲と娯楽は法度になるなどの「タリバン化」が進行している。

 核流出の危険は現実に存在する。一つは、パキスタンの「核開発の父」アブドゥル・カーン博士がつくり上げたといわれる核技術のブラック・マーケットの存在である。イラン、リビア、北朝鮮などへの核技術移転の疑惑で二〇〇一年に首相特別顧問を解任されたカーン博士に対して、当時のパルヴェーズ・ムシャラフ大統領は、罪状追及の手をすぐ緩めてしまった。国内過激派の強力な圧力に屈したためだ。このネットワークと技術が移転した先からのルートはいまだに謎の部分が多い。

 二つは、パキスタンにある「ウンマ・タミーレ・ナウ」(UTN)と称するタリバン支援の慈善団体の存在だ。バシール・マフムード、チャウディリ・アブドゥル・マジードの両科学者がUTNに関わりを持ち、アルカーイダの最高指導者ビンラディンと・2のアイマン・ザワヒリ二人と会い、核兵器に関する広範な意見交換をしたことは知られている。驚くべきはUTN理事にはパキスタン国軍の退役将軍、企業家、学者、ジャーナリストが名を連ねている事実だ。将軍の中にはパキスタン元三軍統合情報局(ISI)のハミッド・ガル長官が含まれている。核関連情報、技術、兵器自体が流出しないと見る方が不自然ではないか。

 軍事的対立をインドとの間で続け、タリバンを敵とするでも味方とするでもなく、むしろその存在を口実にして米国その他の国々から援助をせしめているパキスタンとは通常の意味での主権国家なのか、大義を唱える存在なのか、正体のつかめない空間なのかを問う評論(五月十二日付ウォールストリート・ジャーナル)が出始めている。


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