自動車の「過剰消費」が問われ始めた下川 浩一
2009年2月号 連載〈巻頭インタビュー〉
---自動車産業の不振が際だっています。不景気だけでなく、消費者の間に自動車離れが起きているからでは。
下川 米国は車がないと生活できない国だが、それでも都市の住民の中にはある程度「飽和感」が生まれているのは事実だ。ガソリン価格は一時より下がったとはいえ、自動車に一人で乗るのはもったいないとデトロイトなど失業者の多い都市では一台の車に皆が相乗りする「カー・プーリング」が流行っている。これまで米国民は過剰信用を背景に過剰消費しても何とも思わなかったが、今回の経済危機で考えを改めた。今後、景気が回復しても米国民が過剰消費に戻るかどうかは疑問で、一千七百万台まで増えた北米の新車販売は、今年は一千万台以下に減るだろうし、将来も一千三百万台まで戻れば御の字。日本での新車販売が減っているのも不況と飽和化だ。レンタカー会社が最近、活況なのもその現れだろう。
---こうした動きが諸国民に広がると自動車産業は衰退に向かいます。
下川 過去にそういうことを述べた人はいる。ケンブリッジ大教授のエンマ・ロスチャイルドは石油危機の前に『パラダイス・ロスト』という本で、自動車の利便性には社会的費用がかかり過ぎていると指摘し、何でも車に頼る時代はやがて去るだろうと予言した。この問題は「パーソナルモビリティー」、つまり個人の移動の便宜をどう考えるかによって答えが違ってくる。自動車の利便性と、車を作り動かすために使う資源やエネルギーとが見合っているかどうかが重要であり、そのバランスを最終的に評価するのは顧客だ。
---自動車が無用と考える時代が来るのですか。
下川 それだけの費用を負担して、維持するだけの価値がないと思い始めたらだ。将来的な「脱・自動車」の姿は循環素材、循環燃料を使ってしかも交通事故ゼロを保証するもの。そういう乗り物ができて、顧客がその利便性をどう判断するかにかかっている。産業構造的にいっても労働集約的な面が多い今の自動車産業を未来永劫維持していくことが社会的に必要かどうか。もっと有益な産業が出てくるのならそちらに人間を振り向けた方がよい。
---ところで、今回の金融危機が実体経済の大黒柱である自動車産業を直撃した理由は何ですか。
下川 自動車は住宅と同じくローンで売る製品であり、いったん信用収縮が起きると個別のメーカーでは対応できなくなる。それが信用不安に基づく世界同時不況となっては打つ手がない。実はビッグ3の自動車販売は七?八年前から赤字であり、それをGMの場合、金融子会社のGMACが年二兆円ほど稼いで黒字にしてきた。GMACは堅実に月賦の取り立てなどを行っていれば良かったものを、サブプライムローンなどに手を出し傷口が拡大した。フォードもクライスラーもGMほど極端ではないが、似たような部分がある。
---しかし、サブプライムローンなどに手を染めなかった日本の自動車メーカーも悲鳴を上げています。
下川 ビッグ3はディーラーへの低金利融資や消費者へのゼロ金利ローンなど、信用の乱発で日本メーカーの倍近くに積み上がった流通在庫を減らそうとしていた。日本はそれを米国車特有の危機だと涼しい顔をしていた。乱発した信用がなくなった時に市場にどれだけ在庫が溢れかえることになるのか、という予測をしていなかった。
下川 米国は車がないと生活できない国だが、それでも都市の住民の中にはある程度「飽和感」が生まれているのは事実だ。ガソリン価格は一時より下がったとはいえ、自動車に一人で乗るのはもったいないとデトロイトなど失業者の多い都市では一台の車に皆が相乗りする「カー・プーリング」が流行っている。これまで米国民は過剰信用を背景に過剰消費しても何とも思わなかったが、今回の経済危機で考えを改めた。今後、景気が回復しても米国民が過剰消費に戻るかどうかは疑問で、一千七百万台まで増えた北米の新車販売は、今年は一千万台以下に減るだろうし、将来も一千三百万台まで戻れば御の字。日本での新車販売が減っているのも不況と飽和化だ。レンタカー会社が最近、活況なのもその現れだろう。
---こうした動きが諸国民に広がると自動車産業は衰退に向かいます。
下川 過去にそういうことを述べた人はいる。ケンブリッジ大教授のエンマ・ロスチャイルドは石油危機の前に『パラダイス・ロスト』という本で、自動車の利便性には社会的費用がかかり過ぎていると指摘し、何でも車に頼る時代はやがて去るだろうと予言した。この問題は「パーソナルモビリティー」、つまり個人の移動の便宜をどう考えるかによって答えが違ってくる。自動車の利便性と、車を作り動かすために使う資源やエネルギーとが見合っているかどうかが重要であり、そのバランスを最終的に評価するのは顧客だ。
---自動車が無用と考える時代が来るのですか。
下川 それだけの費用を負担して、維持するだけの価値がないと思い始めたらだ。将来的な「脱・自動車」の姿は循環素材、循環燃料を使ってしかも交通事故ゼロを保証するもの。そういう乗り物ができて、顧客がその利便性をどう判断するかにかかっている。産業構造的にいっても労働集約的な面が多い今の自動車産業を未来永劫維持していくことが社会的に必要かどうか。もっと有益な産業が出てくるのならそちらに人間を振り向けた方がよい。
---ところで、今回の金融危機が実体経済の大黒柱である自動車産業を直撃した理由は何ですか。
下川 自動車は住宅と同じくローンで売る製品であり、いったん信用収縮が起きると個別のメーカーでは対応できなくなる。それが信用不安に基づく世界同時不況となっては打つ手がない。実はビッグ3の自動車販売は七?八年前から赤字であり、それをGMの場合、金融子会社のGMACが年二兆円ほど稼いで黒字にしてきた。GMACは堅実に月賦の取り立てなどを行っていれば良かったものを、サブプライムローンなどに手を出し傷口が拡大した。フォードもクライスラーもGMほど極端ではないが、似たような部分がある。
---しかし、サブプライムローンなどに手を染めなかった日本の自動車メーカーも悲鳴を上げています。
下川 ビッグ3はディーラーへの低金利融資や消費者へのゼロ金利ローンなど、信用の乱発で日本メーカーの倍近くに積み上がった流通在庫を減らそうとしていた。日本はそれを米国車特有の危機だと涼しい顔をしていた。乱発した信用がなくなった時に市場にどれだけ在庫が溢れかえることになるのか、という予測をしていなかった。
〈インタビュアー 編集部〉

















