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社会・文化

アミノ酸「神話」に騙される日本人

「持久力向上」「疲労回復」は企業の捏造

2014年11月号公開

「アミノ酸を飲めば疲れないなんて信じているのは日本人だけ」

 関東の大学でスポーツ栄養学を研究するある教授はこう笑ったうえで「味の素に睨まれたくないので名前は伏せて」と声を潜めた。

 持久力が伸び、疲労が取れ、回復を早めるといったアミノ酸「神話」を多くの消費者が信じている。これは巧妙なイメージ戦略によって作られた「噓」であり、主導した味の素は日本のスポーツ界を悪用している。

「アミノバイタル」(味の素)や、「アミノバリュー」(大塚製薬)といった商品名で、ドラッグストアなどで販売されているサプリメント。個包装されたアミノ酸の粉末を飲む光景は、マラソンやランニングを楽しむ人ならお馴染みだろう。これはほとんど意味がないと冒頭の教授が続ける。

「サプリでBCAAを摂取して、記録が上がったり、持久力がつくという科学的検証は皆無」

「トクホ以下」の詐欺商法

 BCAAとは分岐鎖アミノ酸のことだ。アミノ酸の中に、枝分かれした特定の分子構成を持つものを指す。アミノ酸は人間の体を作るタンパク質の部品だ。多くが体内で合成されているが、合成できないものは食事によって摂取する必要がありこれを「必須アミノ酸」と呼ぶ。必須アミノ酸は全部で九種類。このうち、ロイシン、イソロイシン、バリンがBCAAだ。

 他のアミノ酸と異なり、BCAAは肝臓では代謝できない。これをエネルギー源とできるのは、筋肉と脳だけなのだ。BCAAが筋肉のエネルギー源となるのだから、運動に効果があるとするのは早計だ。実際に効果として宣伝するためには科学的エビデンスが必要になるが、それが存在しないのだ。では効果がないという科学的証明はできるかというと、それも難しい。よくある詭弁として「ないことを証明してみろ」というものがある。陰謀論者が好んで使うレトリックだが、これが難しいことはよく知られている。栄養学の専門家が語る。

「メーカーが研究を続けているのだから、もしあればそれこそ大々的にアピールするはずだ」

 メーカーは前述した「BCAAが筋肉のエネルギー源になる」という部分だけを使って宣伝をしているのだ。あるアミノ酸サプリのホームページを見ると、BCAAを成人男性に量を変えて摂取させ、時間が経過したときの血中BCAA濃度を比較して例示している。そこではBCAAを多く飲んだ人のほうが一時間後の血中濃度が高いというグラフを示している。多く摂取すれば血液濃度が高まるのは小学生でもわかる理屈だが、それが運動にどのような効果があるかは示されていないのだ。

「必要なBCAAは食事から十分にとれる」

 こう語るのはスポーツ選手の食事管理に携わる栄養士だ。肉や魚に多く含まれ、鮭の切り身一切れに三・九グラム、鶏ムネ肉百グラム中に四・三グラム含まれている。白米一杯にでさえ一・六グラムほど含まれているのだ。

 サプリ一袋のBCAA含有量は二~四グラム程度がほとんど。普通に食事すれば軽く十グラム以上摂取できる。一日三食を考えれば、サプリでとる量などたかが知れている。そのうえ運動直前の摂取効果が示せないのだから、ほとんど詐欺である。

 BCAAを摂取したときの唯一の科学的エビデンスは、体内でのタンパク質の合成が高まることだと、ある大学研究者は語る。

「だからといって筋繊維を太くするとはいえない」

「回復が早い」といった効果も眉唾なのだ。この研究者は「筋肉痛を軽減するという研究結果が少しだけあるが、研究者間のコンセンサスにはなっていない」と語る。

 数少ない筋肉痛への効果を示す実験データをみてみると、対象が「運動習慣のない健康な女子学生」だ。前出大学研究者は「男子では望んだ結果が出なかったのだろう」と語る。都合の悪いデータを破棄して、見栄えの良いものを並べる。昨今我が国の製薬業界を揺るがせている論文問題と同様だ。本誌は今までに似たような特定保健用食品(トクホ)の噓について指摘しているが、アミノ酸サプリはそれらしい論文もまともに出せないトクホ以下の商品といえる。

味の素が真実を歪める

「ブームが起きた十年くらい前から研究者にカネを渡したが、思うような結果が出なかった」

 こう語るのは味の素の関係者だ。製薬会社に比べれば微々たる額だが同社は約十億円を研究者に配り、東京大学には寄付講座を設置した。

 なぜ研究者はこのことをきちんと消費者に伝えないのか。冒頭の教授は「スポーツ業界で生きていく上で味の素にマークされたくないからだ」と語る。味の素はスポーツ界にカネを流すことでイメージの偽装をしているのだ。日本オリンピック委員会(JOC)の関係者が語る。

「スポンサーになるだけなら文句はないが、味の素の場合アミノ酸の効果粉飾に使われている」

 味の素はJOCの七社あるゴールドパートナーの一社だ。オリンピック選手をCMに起用でき、最近では男子フィギュアスケートの金メダリスト羽生結弦がアミノバイタルの広告に登場している。味の素のJOCへの影響は大きいと広告代理店関係者は語る。

「国立のトレーニングセンターのネーミングライツを味の素が買ったが、本当は反対論も大きかった」

 二〇〇八年に完成したナショナル・トレーニング・センター(NTC)は翌年から味の素NTCとなった。四年間で三億二千万円だった契約は、昨年一億六千万円で更新されている。この施設は日本スポーツ振興センター(JSC)が管理・運営を、JOCが施設の運用を行っており、カネは両者で分配される。国によって建設された施設の名前を「企業に売ることに反対していたのは文部科学省」(前出代理店関係者)だ。しかしこれをJOCの政治力で押し切った。JOCと味の素の蜜月が窺える。JOC傘下の加盟団体が選手の栄養サポートをする際にも味の素が加わり、結果として「スポーツにアミノ酸がいい」というイメージが作りあげられる。

「それだけならブランド戦略と言えないこともないが、実際にはJOC内部でアミノ酸はタブーだ」

 冒頭の教授は語る。JOCにはスポーツ科学、医学の専門家の委員会がある。そこではアミノ酸サプリに効果がないことには触れられない。「味の素の存在のせいで事実が歪められている」(元委員)。これが日本スポーツ界の総本山の真の姿なのだ。

「アミノ酸サプリを必要以上に摂取すれば、肝臓などに負担がかかりマイナスもある」

 関東の別のスポーツ科学研究者はこう警鐘を鳴らす。薬にならないばかりか毒にさえなる。アミノ酸「神話」に騙されてはいけない。


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