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社会・文化

湿原という豊かなる「水の大地」

見直すべき身近な自然

2011年7月号

 夏の湿原は、生命に満ちあふれている。
 つがいになって飛ぶトンボの羽音、ナワバリを宣言して鳴くヨシキリの大声、水面をたたいてはねる魚、草を揺らす風のそよぎ。遠目には静寂に包まれたと見える空間だが、足を止めて耳を傾けると、実にさまざまな音と動きが伝わってくる。
 翼を持つ鳥たちにとって湿地はまたとない餌の宝庫であり、狙われる側の魚や虫にも、複雑で細やかな水と草の環境が、育つ場所と隠れ家を提供してくれる。何よりも、命を育むのに最も大切な、水と光がたっぷりと供給されているのだ。
 泥炭層を通り抜けてきた水は黒い。小さな水のたまりが鏡となり、空と草木をくっきりと映し出す。「黒くて透明」と言うと矛盾するようだが、確かにそうなのだ。微細な有機物を含み、透明度は低いのに濁った感じがしない。ピアノブラックの気品が漂う。
 水面に映った雲を見上げると、空は広く、低い。視野の外まで青空が続き、はるかな連山の稜線で天と地が交わる。オルドスの平原をよんだ漢詩に「天蒼蒼 野茫茫」(そらはあおあおとし 地はひろびろとす)という表現があるが、日本でその広大茫漠を実感で・・・