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連載

本に遇う 連載139

自分の形を守ること
河谷史夫

2011年7月号

「人生はジグソーパズル」というのが、精神科医中井久夫の観法なのだと、雑誌「サライ」七月号のインタビューを読んで知った。
 中井は三十二歳のころ、学者か行政職か臨床医かの岐路に立ち、臨床医を選ぶのだが、自分をジグソーパズルのピースのように考えた、というのである。
「ちょうど嵌まる空きがあったら行く。形を変えてまで自分を押し込もうとは思わない」
 中井の実務的な文章の底に流れる清々しさの源は、この潔さに発しているのだと合点した。「自分の形」を大事にしたくとも、嵌まりそうにないときはどうするか。ところを得ないと知れば自ら退く。それは潔さというものだろう。
 カメレオンのごとく色を変えて生きて行く手合いとお近づきになる気はない。友は選ぶべきである。
 傾いた家を脱して信州上田へ向かった。畏友小澤楽邦が前山寺の近くに「夢庭窯」を開いて十九年になる。器を焼き、薔薇を育て、水無月に「薔薇を見る会」を開くのが習わしである。ことしは六月五日、案内状を受けた知己がざっと百人、東京、横浜、神戸、さらに被災した岩手から、二百余種類の薔薇の下に集った。
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