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社会・文化

北限「原始の川」の物語

幻の怪魚「イトウ」の営み

2012年6月号

 水ぬるむ季節。北国の渓流でも、深かった雪がすっかり消え、透明な若葉が水面を覆い始めた。  北海道の北端に近い川。浅く、流れが緩い岸近くに、小さな魚影が見える。サクラマス(ヤマメ)の稚魚に交じり、イトウの子供がゆらゆらと頼りなげに泳いでいる。  イトウはサケの仲間で、成長すると体長一メートルを超す国内最大の淡水魚だ。だがその子供時代は遊泳力が弱く、ほかの魚が来られない浅い水たまりで、小さな虫などを食べて生きている。  陽光を浴び、体長二~三センチほどの影を水底に映して、あまり動かない小魚は、成長してからの猛々しい川の王者の面影を全く感じさせない。

融通無碍に生きる

 イトウの生活史は、同じサケ類といっても、仲間たちとはかなり異なる。そもそもは稚魚がまとまって海に下り、何年後かに親魚になって川に遡上して産卵後死んでしまう、という一斉型の行動はしない。定型パターンを持たず、産卵繁殖も、一生の間に何回もするらしいのだ。魚類学者は、「より原始的で、サケ科魚類の先祖の行動様式を残しているのではないか」という。  少し季節をさかのぼる・・・