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連載

不運の名選手たち39 

采谷義秋(マラソンランナー)「元祖」市民ランナーの星
中村計

2013年3月号

 細く丁寧な文字に圧倒された。一九六一年、高校二年の秋から始めたという日記だ。たとえば―。
〈10/6 晴 起床6・15 就床10・40 体重60・0・〉。

 そしてこのあとに練習メニュー、寸評と続く。それらが一日あたり六行。それに「週評」を加えると、分厚いA5判ノートの見開き二ページが一週間分の記録でびっしりと埋まる。

 その日記を繰っているだけで、この持ち主が、企業に所属せずにトップランナーになれた理由が了解できた気がした。

 妻の宣子は「自分で決めたことは完全に、完璧に、やり遂げる人ですから」と笑う。

 巷間では今、「市民ランナーの星」、あるいは「公務員ランナー」として川内優輝が脚光を浴びている。だが、その三十年以上も前に、教師を務めながらオリンピックを目指したランナーがいた。つまり、「元祖市民ランナーの星」である。それが采谷義秋だ。

 学生時代は無名だった采谷の名前を有名にしたのは、一九六八年のメキシコ五輪の代表選考だった。

 日本体育大・・・