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連載

本に遇う 連載182

忘れ難き人への挨拶
河谷 史夫

2015年2月号

 美術館の展覧会。

 盛装の御婦人を学芸員がうやうやしく案内する。

「奥様、これはセザンヌでございます」「あーら、素晴らしいわ」「奥様、これはゴッホでございます」「あーら、素晴らしいわ」

 奥様がふと立ち止まり、「あら、これはピカソね」。学芸員いわく「奥様、それは鏡でございます」。

 ―文珍の噺の枕に聞いた。

 二〇一四年の二月、野見山暁治は東京で開いた個展で講演をし、「自作を語る」と題して質問に応じた。絵の見方が主題である。そのくだりが昨秋刊の『とこしえのお嬢さん』に収録されている。

「いつだったかテレビで、ピカソの大きな目玉が飛び出したような絵の前で、タレントさんが『素晴らしいですね』と言っている。あれはピカソだから素晴らしいと言っているだけで、もし隣の坊やが描いたものだったらまた違うでしょう。正直でなくちゃいけないと思う。自分にとって一文の価値もなければ、素晴らしいと言っちゃいけない」。

 野見山は一九二〇年、福岡の生まれ、こと・・・