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連載

本に遇う 連載186

いやな感じのなかで
河谷 史夫

2015年6月号

 この国の方向を決めるのは空気だと言った人がいた。いま、政治の空気が気がかりである。

 内閣法制局長官人事、日本版NSC(国家安全保障会議)設置、特定秘密保護法、武器輸出禁止の見直し、ODA(途上国援助)で他国軍支援容認、集団的自衛権の行使容認、安保法制関連法案の閣議決定と、安倍内閣は詰将棋の手順をたどるように「戦後の否定」を進めている。次は憲法九条改廃に王手をかけるであろう。

 憲法を盾に「戦争はしない」と言ってきた日本が、米国に言われたら戦争をする国に変わる。先の敗戦で成立した「二度と戦争はごめんだ」という国民的総意は今や反故と化しつつある。いやな感じがしてくるのを如何ともし難い。

 高見順の小説に『いやな感じ』というのがあった。未完に終わった長編群「昭和」の中の一作で、テロリストが主人公である。奥野健男によれば、「アナキズム、マルキシズム、ファシズムなどが縦横に入り乱れた『昭和』の本質」と「理想も倫理もない現代人の真実の姿」を描いたとされる。さすが『わが胸の底のここには』とか『如何なる星の下に』の作家らしく、タイト・・・