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連載

美の艶話 7

偽りの「救済」に女心はなびかず
齊藤 貴子(上智大学大学院講師)

2016年7月号

 女に何もさせない。いくら時代が変わろうと、それは男の愛の示しかたの一つで、いわゆる甲斐性の極みではあるのだろう。実際そう信じて、妻や恋人を他の男の目に晒すことなく、家の中に飾るように置いておきたがる殿方というのは案外多い。
 しかしどんなに愛され、どんなに生活に不自由がなくとも、孤独で退屈な籠の鳥にいつまでも甘んじていられる奇特な女はそうはいない。若く美しく自分にはまだ未来があると思えばなおさら、今とは別の世界、別の人生を夢見て早晩耐えきれなくなる時がやってくる。その時、果たして男はどうするべきか。
 この自問をそのまま絵にし、はからずも自己の矛盾をも曝け出してしまったのが、十九世紀ヴィクトリア時代の画家ウィリアム・ホルマン・ハントであり、彼の代表作《良心の目覚め》である。
 一八五三年、《世の光》と題されたキリストの絵と二幅一対の体で発表された本作は、一見して聖なる世界に対する俗なる世界を扱ったものとわかる。まず、画中の男女がただならぬ仲であることは、女性が男性の膝から今まさに立ち上がらんとする姿から自ずと窺い知れるし、さらに絵に近づいてよく見ると、二・・・