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連載

本に遇う215

恋は理性の外である
河谷史夫

2017年11月号

 フリン、フリンと、政界も芸能界もフリン花盛りの日本には、オリンピックよりフリンピック招致こそ似つかわしかったのではないか。不倫とは「男女が、越えてはならない一線を越えて関係を持つこと」と『新明解国語辞典』第四版にあるが、越えようが越えまいが、他人の騒ぐことか。
 とはいえ、明治の昔、「一夫多妻の国風」に憤慨し、これを「人倫の根本の破壊」と断じて、「蓄妾の実例」五百十例を延々連載した黒岩涙香の「萬朝報」以来、「男女風俗問題」はジャーナリズムの好餌である。今日の週刊誌がゲス芸人を槍玉にあげ、用意不周到な政治家のホテル出入りに密着する努力を惜しまぬ所以である。
 銀座一丁目の小路に「卯波」という小体な店があった。名高い俳人の鈴木真砂女が五十一歳のときに始め、九十六歳で死ぬ少し前まで切り盛りしていた。もとは安房鴨川の老舗旅館の女将で、それが道ならぬ恋に落ち、家を捨て、ひとり東京へ出て開いた店だった。
 暖簾をくぐると、満席のことが多かった。空いていたらカウンターの左隅を「どうぞ」と指した。そこは常連客だった俳人石田波郷が必ず座ると決まっていたので、「波郷さんの席・・・