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連載

本に遇う 第225話

宍道湖の落日を見る
河谷 史夫

2018年9月号

 夕日を見たいと思った。
 見るなら松江の宍道湖と決めている。若年時、石川淳著『諸國畸人傳』で小林如泥の項を読んで以来の執着であった。ふた昔ほど以前、ついでに松江に立ち寄ったことがある。季節が春三月だった。大陸から黄砂というやつが流れてきて、そのせいで天空は霞んでしまう。せっかくの夕景も台無しで、「今はだめ。こんどは夏においでなさい」と土地の人に教えられた。
「宍道湖に於て見るべきものはただ一つしか無い。壮麗なる落日のけしきである。そして、これのみが、決して見のがすことのできない宍道湖の自然である」
 文章の魔術師石川淳の断言をゆめおろそかにはできない。「夕日の名所」は青森の不老不死温泉をはじめ数々あるが、わたしにはひとつ、宍道湖しかないのである。
 折よく、新聞にいたころの若い友人が松江に在勤する。さっそく威厳ある先輩風を吹かせて、宿の手配その他万端頼むことにした。ところが折から第百回を数える高校野球地方大会の真最中で、そんな暇はありませんやと一蹴され、先輩の威厳なんざ木っ端微塵とな
ったのは甚だ遺憾だった。
 ホテルなどす・・・