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連載

をんな千一夜 第20話

富を恨んだ哀しい「白菊」
石井 妙子

2018年11月号

《石上露子》

大阪の富田林警察署から脱走した若い男が、ようやく先日、逮捕された。自転車に乗って日本一周を目指すという、逃亡犯とは思えぬ大胆な振る舞いに驚くとともに、「富田林」という地名がニュースで繰り返されるのを耳にして、私は、ある女性の名を思い出していた。
 白菊に譬えられた美貌の歌人、石上露子のことを。大阪随一の大地主として知られた杉山家に生まれ、本名は杉山孝。この杉山家の豪壮な屋敷は今も富田林市に残り、重要文化財とされている。
 十六世紀から続く豪家に露子が生まれたのは明治十五年。不幸なことに男兄弟がおらず跡取り娘として、莫大な土地、財産、大勢の小作人や使用人の運命までをも幼くして背負った。しかも、明治の法律下では、家督相続して戸主になるのは男が原則。女の露子は、いずれは富を守るために、同じ地主階級から婿養子を迎える宿命にあった。
 当時の地主たちは教養を必須としており、杉山家でも祖父や父はもとより、母さえも漢籍を当たり前のように読んだ。そうした家庭環境下で、露子は和漢籍、書、絵画、薙刀までを伝・・・