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連載

美食文学逍遥 第23話

性愛以上の料理作り
福田 育弘

2018年11月号

 料理を語る文学者は少なくないが、料理をみずから作る文学者は多くはない。批評しても実践しない作家が多いなかで、料理を作ることが人生の重要な営みだった作家がいる。最後の無頼派と呼ばれた小説家、檀一雄である。
「そもそも、私が料理などというものをやらなくてはならないハメに立ち至ったのは、私が九歳の時に、母が家出をしてしまったからである」というのだから、料理が男の趣味などではないことは明白だ。こうして幼い妹三人と九州の柳川の小地主の家に生まれ官吏で技師だった父のために、齢十から料理をはじめすでに「実働時間は莫大」「ハッキリと五十年に近い」と述べる。一九六九年から七一年まで『サンケイ新聞』に連載され、その後単行本になった『檀流クッキング』での述懐だ。
 数々の放浪と恋愛遍歴で有名な檀の破天荒さは、この料理指南本にもよく現れている。たとえば、「そろそろ、鍋物の好季節がやってきた」で始まる鍋料理のトップを飾るショッツル鍋のレシピ。
 当時すでにデパートでも手に入るようになった、ハタハタの魚醤であるショッツルを使って檀が紹介するレシピは細かい手順や分量にはこだわらない。・・・