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連載

現代史の言霊 第16話

八月の夜宴 1989年(東独市民亡命事件)
伊熊 幹雄

2019年8月号

一九八九年
《ハンガリーは常に最も難しい決断をした》
ビクトル・オルバン
(ハンガリー首相)


 オーストリア∥ハンガリー帝国(ハプスブルク帝国)の最後の皇太子、オットー・フォン・ハプスブルクは数奇な九十八年の生涯を送り、二〇一一年にドイツで死去した。東西冷戦終結に特異な貢献をしたのも、ハプスブルク家の古い歴史に根差したことだ。
 彼が皇太子になったのは、第一次世界大戦中の一九一六年。わずか四歳の時である。
 二年後、皇帝カール一世は帝位を追われ帝国は崩壊、その翌年、幼いオットーは一家で欧州を放浪することになった。それでも、ドイツ語に加え、臣民の言葉であるハンガリー語、クロアチア語を学んだ。
 ハンガリーの地を踏むのは八八年、七十代の後半に入ってからのことだ。第二次世界大戦後にソ連圏となったハンガリーは、ハプスブルク家の入国を長年禁じていた。ゴルバチョフ政権下で、共産圏自由化が進んでからようやく、オットーはハンガリーを訪ねた。{・・・