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連載

をんな千一夜 第40話

吉田松陰が心交わした「女囚」
石井 妙子

2020年7月号

《高須 久子》

 安倍晋三総理は尊敬する人物として、「吉田松陰」の名を挙げる。だが、松陰の思想や生き方のどこに惹かれているのかは、よくわからない。おそらくは単に郷土の偉人として名を挙げているのだろう。あるいは自分の先祖も松陰の教えに感化されたひとりであり、思想的血脈を自分も受け継いでいると考えているのだろうか。
 総理は祖父の岸信介を愛慕しているが、その岸信介は自分の名づけ親でもある、曽祖父の佐藤信寛を愛慕していた。自叙伝で岸は誇らしげに、こう書いている。
「曽祖父(信寛)は早くから当時毛利藩内の新興勢力として勃興して来た勤王の新勢力に鼓舞せられ、勤王志士と交わり王事に奔走した。吉田松陰先生より曽祖父宛の書信を見たこともあるから松陰先生と交遊もあったものと思われる」
 松陰は思想家、兵学者、教育者として幕末を生きた人物である。彼が主宰した松下村塾では、久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文、山縣有朋らが学び、巣立っている。明治維新をなした幕末の志士たちの精神的指導者のひとりだ。
 文政十三(一八三〇)年、長州の城下町、現在の山口県萩市・・・