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経済

大和証券のタブー 「アコーディア」問題

ゴルフ場会社で倫理なき「荒稼ぎ」

2020年8月号公開

 国内大手のゴルフ場運営会社アコーディア・ゴルフが、シンガポールに上場しているREIT(不動産投資信託)のアコーディア・ゴルフ・トラスト(AGT)に売却した八十八カ所のゴルフ場の買い戻しに難航している。二〇二〇年一月時点でAGTの株式を七・二%保有しているアクティビストファンドの「ひびき・パース・アドバイザーズ」が、買収価格が不当に低いと抗議し、五十以上の株主の賛同を経て八月に臨時株主総会の開催を請求している。シンガポールを舞台にプロキシー・ファイト(委任状争奪戦)に発展する可能性があり、その余波は、アコーディアを舞台に荒稼ぎをしてきた大和証券にも及ぶ情勢だ。

鈴木茂晴氏の肝いり案件

 事の発端は一二年にまでさかのぼる。一二年十一月、アコーディアの競合会社であるPGMホールディングスがアコーディアに敵対的TOBを仕掛けると、旧村上ファンド系のレノが市場でアコーディア株の取得を開始。一三年一月七日には一三・八%の大量保有が判明し、その後一八・一%まで買い進めてキャスティングボートを握った。レノはアコーディアに自社株取得を求め、アコーディアもこれに応じたため、PGMのTOBは不成立に終わった。
 その後、同社株を買い増し続けるレノを尻目にアコーディアは自社株買いの原資を作るため、一四年八月一日にシンガポール証券取引所に上場させたAGTに、国内九十カ所のゴルフ場を総額約一千百七十億円で売却した。ところが、レノは四百五十億円もの自社株買いが実施されてからも、一部の株式を売却しただけで大株主として残り、アコーディア経営陣に更なるプレッシャーをかけ続けた。
 結果、一六年末に、USJやコメダの買収で知られる投資ファンドのMBKパートナーズが友好的TOBを行い、レノの持ち分一八・九四%を含む全株式を買い取り完全子会社化した。国内のゴルフ人口が頭打ちの中、MBKはアコーディアをゴルフ場の運営に集中させることで収益性を高めようとしてきたが、一九年十二月に、AGTはアコーディアからゴルフ場の買取提案を受けたことを発表した。
 AGTが取得したゴルフ場は五年以内にアコーディアが買取提案をしなければならないという文言が、AGT上場の際の目論見書に組み込まれているためだ。その上、同資料には、アコーディアが資産を売却する際はAGTが先買権を有するという文言も入っている。要するにMBKとしても再上場に向けて避けて通れないプロセスなのだ。
 ところが、今年六月に公表されたゴルフ場八十八カ所の買取価格は六百十八億円と、アコーディアが売却した当時の価格一千百三十二億円を大幅に下回る。「コロナ禍でゴルフ場の足元の収益は大打撃を受けている。ひどいところであれば三~四割減。特にゴルフ場内のレストランの売り上げは壊滅的」(業界関係者)とはいえ破格だ。
 これにAGTの少数株主であるひびきが異議を唱えている。そもそもAGTの筆頭株主は二八・八五%を保有するアコーディアで、AGTの資産管理会社に四九%出資しているのもアコーディアだ。そのような状態で、AGTは二〇年三月期の営業利益約四十四億円を上回る年間五十億円以上のフィーをゴルフ場運営費などの形でアコーディアに支払っている。
 AGTは公平な入札プロセスを経てアコーディアが買収することになったと開示資料で説明しているが、事実上アコーディアのみが安い価格でAGTが保有するゴルフ場を買い取れるスキームになっている可能性がかなり高いと言えよう。毎年の運営費用が妥当なものであるか、開示する必要があるだろう。さもなくば「AGTは上場しているのに、随意契約でアコーディアに不当に高い運営費を上納し搾取されている」(ファンド関係者)と言われてもしょうがない。
 実はアコーディア及びAGTに関するこれらのスキームの構築全般を主導したと言って過言でないのが大和証券だ。アコーディアと大和証券の付き合いは、大和証券グループ本社 現・代表執行役副社長の松井敏浩氏が当時の大和証券SMBCの担当者として〇六年にアコーディア上場の主幹事を務めた時代から続いており、年初の『私の履歴書』で世間を騒がせた当時の鈴木茂晴社長(現・日本証券業協会会長)の肝いりの案件だった。

「経営陣レベルでの懸念」

 一二年以降は、大和の投資銀行部門は前述のPGMやレノからの会社防衛アドバイザーを森・濱田松本法律事務所の石綿学弁護士と共に務め、MBKをアコーディアに紹介し、一六年TOBが行われた際の会社側の財務アドバイザーとしても多額のフィーを獲得している。AGT設立に関しても、大和証券グループ本社の一〇〇%子会社である大和リアル・エステート・アセット・マネジメントが実質的に五一%の出資を行った上、シンガポール取引所に上場した際の主幹事として売り出しに熱を上げたのも大和だ。AGTの歴代の取締役には必ず大和からの出向者が含まれている。
 それだけに飽き足らず、今回のAGTによるゴルフ場売却にあたっての財務アドバイザーの座は大和のシンガポール法人がしっかりと押さえている。同業他社の証券マンは「大和はアコーディアを何度食い物にするのか。これまで五十億円以上も稼いだのに」と言うが、同社関係者の一部は「(アコーディアの話は)社内である種のタブー」「触れてほしくない案件」と声をひそめる。
 AGTが一四年にIPO(新規株式公開)した時の発行価格は一シンガポールドルだが上場来一度もその価格を上回ったことはなく、現在も〇・七シンガポールドル弱で推移している。鳴り物入りの案件だったが、鈴木氏の出身母体であるリテール部門は、売り込んだ顧客を損させるだけで終わっている銘柄で「稼いだのは(松井氏率いる)投資銀行部門だけ」。AGTの株価低迷の原因を大和自らが作りだし放置し続けているとすれば、「経営陣のクビが飛びかねない」(同前)のもうなずける。
 大和の誤算は六年前、アコーディアが資産の大半を売却して自社株買いを行った後もレノが大株主として残り、更なる株主還元のプレッシャーをかけ続けたことだ。多額のフィーをせしめておきながら焦土作戦によるアクティビスト防衛は大失敗だったと言える。そのツケを六年越しに払わされる羽目になるのかもしれない。
 AGTにはコー・キー・チョック氏とチョン・テック・シン氏という二名のシンガポール人の独立取締役がおり、善管注意義務違反があればシンガポール金融管理局(MAS)からの追及を受ける彼らは、大和の事情を忖度してくれそうもない。実際、「この二人は保身のためか、運営契約が妥当なものか精査し適切なプロセスで売却すべきと声を上げているらしい。だが大和から出向している取締役の中西豊はAGTの企業価値向上の責任を負っているのに黙ったまま」(業界関係者)という。九月のAGTの株主総会に向けて、パンドラの匣が開きそうだ。


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