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経済

JR東日本が画策する「詐欺雇用」

内部資料が示す「人員欠乏」の苦境

2026年1月号公開

「地域総合職にして今回応募が倍になった。だったら100人ぐらい多く取って、出向でグループ会社やパートナー会社を回していくのも考え。頭数がいないから、どこかで採って回していくしかないというのが今の私の考え」
 2025年10月28日に行われたJR東日本の経営幹部による会議で、社長の喜㔟陽一がこう発言した。「地域総合職」というのは、運転士や整備士など主に鉄道の現場で勤務する職種を指す。勤務地を限定したことで、応募が増えたのだという。ならば、この名目で多めに採用した上で、人員が足りない子会社などへ出向させて穴埋めしよう―これが発言の趣旨だ。

現業の社員は「備品の一つ」

 11月以降、会議録のメモが出回ると、関係者の間で「グループ会社が採用ができないからといって、『JR東日本』という鉄道会社の看板で採用した後に即出向、ということを検討しているのか。こんなことは許されるのか」と波紋が広がった。
 本誌25年12月号の情報カプセルは、同社がJRバス関東とJRバス東北へ出向者を募る「公募制異動」を検討していることを報じた。鉄道員として働いていた社員を人手不足のバス会社に運転手として出向させる計画だが、似たような人事制度を採用時に前倒しで組み込もうとしているようにみえる。
 しかし、こうした手法には、労働問題に詳しい弁護士から危うさを指摘する声が上がる。
 東京共同法律事務所の弁護士、鬼束忠則は「『地域』や『総合』という名称がどこまでを包括しているのかがはっきりしない」と前置きしつつ、「出向は本人の同意が大前提。雇用契約に定められた地域や職種が同意なく変更されてはいけない。口頭であっても、限定された仕事以外はしないという前提で募集した人を即出向させるのなら問題がある」と言う。
 さらに、「それなりの人数で組織的に行おうとしている。もし、出向の計画を隠して採用しようとしているのなら非常に問題だ」と強調する。
「グループ社員の働きがいと成長の実感」。25年7月、JR東日本が発表した経営ビジョン「勇翔2034」の中の「成長のための5つのエンジン」に盛り込まれた一節だ。「新たな挑戦を通じた成長」「社員の活躍フィールドの拡大」を目指すという。同様の文言は、前述のバス子会社への「公募制異動」の検討資料の中にもあった。
 一方、別の社内資料では「ワンマン運転等により生じた余力に対してリスキリングを行い、2027年頃から成長・重点分野へ運用」することで、効率化を図るとも書かれている。
 鉄道業界が、自動運転や駅業務のIT化といった省力化を迫られているのは事実だ。ただ、社内資料やバス会社への出向などを合わせて考えれば、要は省力化を進めつつ、余った人員を人が足りない部署、不人気部署へ出向させることをポジティブな言葉に言い換えているに過ぎないことがわかる。
 喜㔟は「勇翔」に「社員が新たな価値創造の『主役』であることはいささかも変わるものではありません」とのメッセージを寄せた。しかし、ある鉄道会社の関係者は「あえて強調するところがしらじらしい。結局、本社の幹部にとって、現業の社員は備品の一つでしかないことが見え透いている」と吐き捨てる。

過去のスキームは「破綻」

 冒頭の経営会議で喜㔟は人員不足について、「今後7年間エルダーは出ないと言われている。エルダーに頼って仕事を作ってきたので、外国人が今後入ってきても難しい」と言及する。エルダーとは定年を迎え、再雇用となる人のことだ。
 他にも会議では、他の幹部から「技術系の採用数を増やし、若年出向で回していき、技術力も高めていくということで回すことができたら」との発言もあった。技術系の人材が不足していることもうかがわせる。これは、JR東日本が多くの部門を外注することでコストの押し下げを進めてきたことに起因する。会議では、その失敗を認める発言が相次いだ。
「01年の構想の中で外注をして、JRは設備管理のプロになり、グループ・パートナー会社は施工のプロになるという哲学だった。長くやっていると、設備管理の人が現場の仕事をわからないという状況になっている」(副社長・渡利千春)、「直轄でやっていたものを外注化しながら人材をシフトしてきた歴史がある。外注化した仕事を戻すのか、出向でやるのかを整理していく」(常務・加藤修)―。そして喜㔟がまとめた。「このスキームはある意味で破綻しているので、もう一回考える変化点にきている」。
 JR東日本では、東北新幹線で連結部が外れるなどトラブルが相次ぐ。同社の技術職に詳しい関係者は「外注、外注で本体の技術力が落ちてしまった。事故にはその影響が間違いなくある」と苦い表情を浮かべる。
 そもそも、新卒の売り手市場が続く中、今後これまで通りの人材を質、量ともに採用できるかは不透明だ。
 この関係者は「今の若い人の多くが鉄道の現場仕事に耐えられると思えない。本社勤務が中心の『背広組』も、国鉄のDNAを継いだ官僚体質に嫌気が差して転職する若手が後を絶たない」と言う。前出の鉄道会社関係者は「鉄道事業は特殊で簡単に変われない。DXが進み、コンサルティングファームなどの人気が学生の間で高まる中、鉄道会社がこれまで通りの人気とはいかないだろう」とみる。
 26年3月からJR東日本は1987年の民営化以来、初となる平均7・1%の本格的な運賃値上げを実施する。しかし、社内では、2030年代に2回目の値上げを既にシミュレーションしている。31年度に値上げをする場合、29年度夏ごろに実施判断が必要だという。確かに、インフレが強まれば、鉄道運賃も未来永劫、据え置きというわけにはいかない。ただ、社内資料では、40年度に3回目の値上げを想定していることもうかがえる。資料は「理論上、運賃改定を細かく行うほうが、インフレの影響を軽減できる」とする。
「勇翔」には「すべての人の心豊かな生活」「『当たり前』を超えていく」といった大げさなビジョンや掛け声がちりばめられたが、評論家らから「具体的に何をするのかわからない」との批評にさらされた。一方で、社内の議論や資料から具体的に見えてきたのは、人材確保に苦しむ中、詐欺的な手法で人を確保、出向などで効率的に使い回す、運賃値上げで利益を確保する、といった何とも短絡的で殺伐とした、人に優しくない発想の施策だった。(敬称略)


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