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経済

JR東日本で過激「新労組」が増殖

公安当局も注視する「不安要因」に

2020年9月号公開

 八月に出揃ったJR上場四社の今年度第1四半期決算は、予想通り惨憺たるものだった。新型コロナウイルスの影響は深刻で、第2四半期から始まったGoToキャンペーンは全く期待はずれで、苦境の長期化は避けられない。そんな中、東日本旅客鉄道(JR東日本)では、複雑に絡み合った労組問題が新たな局面を迎えている。未曾有の危機を前にして、労使協調路線が取れないどころか労使対立や労労対立までが顕在化。安全を脅かしかねない不審事案まで発生し、不穏な空気が充満している。
 JR東が発表した四~六月期の連結決算は、過去最悪の一千五百五十三億円の最終赤字。売上高は三千三百二十九億円と前年同期比で五五%も落ち込んでいる。柱である鉄道収入は前年同期比六一%減の一千八百二億円となり、中でも新幹線による収入は八割以上も減った。
「JR東で二月に誕生したばかりの新労組の拡大が続いており、不確定要素になっている」
 JR労組関係者がこう打ち明ける。今年二月、「東日本旅客鉄道労働組合(JR東労組)」から分裂する形で発足したのが「JR東日本輸送サービス労働組合(JTSU‐E)」。当初二千人強程度でスタートしたが、今年七月一日時点では二千八百人を超え、「さらに増加傾向にある」(前出労組関係者)という。

安全を脅かす「不審事象」

 分裂のきっかけになったのは二〇一八年の春闘。JR東労組が民営化初となるスト権行使通告を行ったことに反発する組合員が次々と脱退。四万七千人いた組合員から一気に二万九千人も抜けて、その後も減少を続け、昨年末の時点で一万一千人程度になっていた。鉄道業界の取材が長い経済誌記者は「会社側による事実上の脱退勧告が行われていた」と語るが、社員の八割が加盟したJR東労組はあっさりと崩壊してしまった。そして、残ったJR東労組のうち、「より過激」(前出記者)といわれる、水戸や八王子の組織が分裂したのがJTSU‐Eなのである。
 警察庁は広報誌でJR東労組などについて「革マル派が浸透している」と繰り返し指摘してきた。スト権問題が起きた一八年にも、安倍晋三内閣が同様の答弁書を閣議決定している。
 過激勢力が結集したJTSU‐Eについては発足から日が浅いこともあり、公式な見解は出ていない。しかし当然、公安当局はこの組織について目を光らせている。
 七月十六日に自民党本部で行われた「治安・テロ対策調査会」の席上、公安調査庁が「新組織(JTSU‐E)については革マル派が一定程度浸透している」という見解を示した。
 当然ながら、分裂した新労組とJR東労組の関係は悪い。当初から新労組側は引き抜き工作を仕掛けた。引き抜きの対象になって、これに応じなかった社員に対する「無視、いじめ」といった事案がみられ、いまだに各職場でしこりが残っている。職場の掲示板に貼られた新労組側の掲示物に対してJR東労組側が抗議して撤去させる光景もある。また、JR東労組は、脱退した新労組幹部が過去に組合資金を不正使用していたなどとして、総額一億一千万円を超える金銭の返還を求める六件の民事訴訟を起しているのだ。
 気をつけなければならないのは、残留組であるJR東労組が完全に革マル派と手を切ったわけではないという点だ。前述した自民党調査会の席上、警察庁担当者は「JR東労組、新労組のどちらが革マル派ということはない」と指摘した。つまり、「(革マル派シンパが)旧組織にも一定程度残留している」(JR東関係者)ということだ。
 新労組が会社との対決姿勢を鮮明にしていることは明らか。労働協約を結んだのは結成から約三カ月が経過してから。その交渉過程で新労組は「現場協議制の導入」を求めていたことが、資料から明らかになっている。これは、各職場の労組組織がことあるごとに管理職と協議を行うというもので、旧国鉄はこれによって管理職が疲弊して組織ガバナンスが崩れた。
 JR東で労使関係が悪化すると、安全運行に関わる「不審事象」が増える傾向にある。革マル派全盛の頃には、線路への置き石や架線の垂れ下がりなどが頻発した。一八年に大量脱退が起きた頃にも、多くの不審事案が確認されている。
 今年六月、JR東日本の特急車両でパンタグラフの損傷が発見され、中央線特急「あずさ」や「かいじ」など三十本以上が運休した。点検の際にパンタグラフと架線が接する部品に損傷が見つかり、その後別の車両でも同様の損傷があったという。架線の不具合によるものとみられ、実際に問題箇所が発見されて復旧作業が行われた。JR東関係者はこう声を潜める。
「この事例も、社内では『不審事象』という受け止めが多く、件数増加に気を配っている」
 これ以外にも、報道には出ていないが、「五月三日には中央線の線路内に消火器が投げ込まれ、同八日には八高線の線路で置き石がみつかった。六月以降もJR東管内での置き石や、座席へ針が置かれる事案などが確認されている」(別のJR東関係者)。いずれも犯人などがみつかったわけではない。乗客の安全を脅かす事象が原因不明のままというのは、旅客会社にあるまじき状況だ。

健全な労使関係が結べず

 JR東労組から大量脱退した社員のうち「七割ほどにあたる二万人以上」(前出JR東関係者)が、任意団体である「社友会」に所属している。
「会社が望んだ通りの結果になっているのだが、現場には無理も生じている」
 こう語るのは前出労組関係者。残業時間などについて労使間で定めるいわゆる三六協定は、労組でなくとも職場の過半数で選出された社員代表と結ぶことができる。会社としては、人数で多数を占める社友会の社員代表を相手に、穏当な協定を結びたいところだが、実際には複数の職場で、JR東労組やJTSU‐Eなどの労組代表が選出されるケースが出ている。
 職場では多数派工作が行われ、新労組とJR東労組だけでなく、社友会も加えた複数の組織が対立する構図となる。会社側は当初、最大勢力である社友会を擬似労組として扱い、労使関係を正常化しようと目論んでいた。しかし実際には権限が明確ではない任意団体の社友会相手では限界があることが露呈している。前出労組関係者は、「(JR東経営陣が)現場の社員の意見の把握すら満足にできないのが実態」と指摘する。「革マル派組織の弱体化」という当初の目的は達成した一方で、それに代わる労務管理システムの構築には至っていない。安全にかかわる運行やメンテナンス部門の職場環境に不安があるといえるだろう。
 これが我が国最大の鉄道会社の偽らざる姿だ。


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