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経済

JR「通信制高校差別」の非道

「鉄道官僚」が棄てる信頼と安全

2025年5月号公開

 日本の公共交通を支える企業による、いかにもみっともないドタバタ劇だった。JR6社が「サポート校」などと呼ばれる通信制高校の連携施設に通う生徒に対し、4月から通学定期の販売を停止しようとしたところ、保護者らの反発を受けて直前に方針を撤回、継続することになった。
 サポート校とは、通信制高校の生徒の学びを補助するための施設だが、卒業するために必要な単位を取得する授業は実施できない。通信制とはいえ、単位を取得するには、「本校」などで面接指導を一定時間受けなくてはいけない。一方で、現実には、学校と同様の施設を備え、生徒が毎日のように通学するサポート校も存在する。
 2021年、文部科学省は単位取得のための指導ができる施設を「面接指導等実施施設」とし、サポート校は「学習等支援施設」と分類する省令改正を行った。文科省の意図は通信制高校の施設、教育環境を整えることに主眼があったが、JRはこの省令改正に「悪ノリ」する形で、サポート校への通学定期の販売を停止しようと企んだ。
 文科省は「省令改正の意図と違う」と見直しを求めたが、聞き入れられなかった。首都圏の学校側に通知があったのは昨年12月と今年2月の2回。実際に多くの保護者が知ったのはその後、学校側の連絡を受けてからで、入学金などはとっくに振り込んでいる。通学定期の割引率は大きく、対象外となれば家計への負担は増える。ホームページなどでの周知もなく、突如、対象外とされ、想定外の出費を強いられそうになった保護者の怒りは小さくなかった。
 それでも、JRには3月20日を過ぎても撤回する意向はなかった。しかし、SNSで撤回を求める書き込みや批判が相次ぎ、政治家や報道機関も知るところとなった。方針を転換したのは、予定していた4月1日の直前になってからだった。
「ご家族、学校関係の皆さまへの配慮に欠けるところがあった。十分な心配り、配慮ができていなかった」。4月8日の社長会見で、JR東日本の喜㔟陽一はこう述べて謝罪。サポート校への通学定期券は来年3月まで対象にするとした上で、その後も継続できるよう検討するとした。

新幹線の事故と「地続き」

 通学定期の対象からサポート校を排除するという施策は、JR6社で一斉に行う予定になっていた。ただ、通学定期を使う人口が多いのは、若年層の厚い首都圏を抱えるJR東。そのJR東は、昨年4月に喜㔟が社長に就任して以来、経営の合理化に拍車がかかっているとされる。走行中の新幹線の連結器が外れるという事故が相次いだのは、合理化による現場の人員削減が影響していることは本誌先月号「情報カプセル」でも報じた。
「新幹線の事故と今回の件は地続きですよ」。JR東の関係者がこう声をひそめる。要は喜㔟が旗を振る、行き過ぎた経営合理化によって生じた弊害が表面化しているというのだ。
 喜㔟と言えば、副社長時代の2022年、アルコールハラスメント疑惑を『週刊文春﹄に報じられた。社内調査でアルハラは認められなかったものの、「信用失墜につながった」として報酬を一部返上した。しかし、この一件は栄達の妨げとならず、社長の座に就いた。
 喜㔟の昇進を後押ししたとされるのが、JR東の第3代社長の大塚陸毅だ。今も大塚の経営への影響力は小さくないとされる。大塚の社長秘書を務めた喜㔟が、おぼえめでたく社長になれたことは、同社内では常識の部類に入る。
 JRが1987年に民営化してから30年以上がたつが、元国鉄のDNAは受け継がれている。官僚組織の典型で、鉄道の運輸実務に関わる「ノンキャリア組」と、人事労務などが仕事の中心となる「キャリア組」との間には、明確な線引きがある。経営の中枢にノンキャリ組が就く可能性はほぼなく、旧帝大出身者が占める。JR各社の歴代社長はおしなべてそうで、大塚-喜㔟ラインも東京大学法学部出身だ。ちなみに、この2人を含め、JRの社長には、公立高校出身者が多いのも特徴である。
 キャリアとノンキャリアの間で歴然と存在する昇進の差が当たり前の企業風土の中で育ったエリートたちにとって、通信制高校など、経営合理化の観点から排除すべき存在と映ったとしても、驚くことではないのかもしれない。

“劣等生”排除の思想

 確かに、近年急増する通信制高校が玉石混交であることもよく指摘される。
 文科省が省令改正をしたのは、2015年に発覚した、「ウィッツ青山学園高校」の一連の不祥事が背景にある。本来、面接指導などは本校のある三重県伊賀市で実施することが義務付けられていたが、首都圏など各地の施設で行われていた。他にもユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)に行き、散策を「総合学習」、釣り銭計算を「数学」などとして、授業としていたことも判明。さらに、実質的経営者が就学支援金を詐取したとして、東京地検特捜部に逮捕される事件に発展した。
 一方で、不登校となる小中学生は増加しており、通信制高校はそうした子どもの受け皿として、実質的に日本の公教育を支えている現実がある。
 2000年に113校だった通信制高校は24年には、303校に増えた。生徒数も約18万人から約29万人に増加。24年5月時点でサポート校は全国に約1800施設あり、約4万3千人が通っている。
 今春から娘を私立の通信制高校に通わせる母親は「通信制に通う子どもには、全日制になじめない理由がある。通信制であっても、通うから友達もできて、やる気も続くはず。学校側も『通う通信制』をアピールしていた」と困惑しつつ、「そんな中、こんな差別的な扱いを受けるなんて……子どもも傷つくと思う」と嘆く。母親が施策の撤回を求めてJR東に送ったメールの返答には、その時点で撤回の予定はないと断った上で、「今後もみなさまに愛され、親しまれるJR東日本をめざして参ります」と、皮肉とも冗談ともつかない一文が添えられていた。
 26年度から、私立を含め高校の授業料が実質無償化される。内容や政局が絡む経緯には批判もあるが、高校生までの学びに関わる経済的な負担を減らそうというのは近年の流れ。JRは世間の風向きを完全に見誤った。今回の一件は、通信制に通う子どもやその親を差別的に扱い、排除してでも、経営の効率化を優先するという「鉄道官僚」の非道ぶりを浮き彫りにした。(敬称略)


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