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経済

みずほがマレリで「完全敗北」

2度目の破綻でも「大損と大恥」

2025年7月号公開

「3爆弾の被害は一つで済んだと思っていたのだが、まさか同じ爆弾が2回も炸裂するとは……」。みずほ銀行関係者が絶句したのは6月上旬だった。3爆弾とは、みずほ銀行がメインバンクとして抱える危うい巨額貸出先を、多くの銀行関係者が揶揄して生まれた言葉だ。
 その貸出先とはソフトバンクグループ(SBG)、昭和電工(現レゾナックホールディングス)、そして自動車部品大手のマレリホールディングスのこと。いずれもみずほ銀行だけで数千億円、場合によっては1兆円近い融資残高を持ち、リスク管理上、極めて危うい案件とされてきた。たいていが巨額M&A実施に伴う融資だ。
 幸い、SBGとレゾナック向けの融資は今のところ無傷で済んでいる。ところが一つだけ炸裂した爆弾がある。マレリだ。しかも爆発は1回で済まず2回起きた。事実上、二つの爆弾を食らったのも同然だろう。
 マレリは6月、米連邦破産法第11条、俗に言うチャプターイレブンをデラウェア州の連邦破産裁判所に申請した。主要取引先の日産自動車の経営不振のあおりを受け、資金繰りに窮した。負債総額は約49億㌦(約7200億円)にものぼる。
 マレリの破綻はこれで2度目。2022年にも民事再生の類型の一つとされる「簡易再生」という手法で経営破綻した。当時の負債総額は約1兆2千億円。製造業で戦後最大の破綻と言われた。
 1回目の破綻当時、融資していた金融機関は借金を株式に転換するデット・エクイティ・スワップ(DES)や債権放棄で合計4500億円の金融支援を迫られた。そしてみずほ銀を抱えるみずほフィナンシャルグループ(FG)は、3885億円の債権が取り立て不能になるか、回収遅延の恐れがあると発表する羽目に陥った。

佐藤康博の「負の遺産」

 そして2度目の爆発となった今回。みずほFGは6月11日、またもやマレリ向けの2376億円の債権が取り立て不能になるか回収が遅れる恐れが生じたと発表した。みずほFGの被害額は、2回合わせると優に6千億円を超える。
 冒頭のみずほ銀関係者は「3爆弾は融資当時に全権を握っていた佐藤康博さん(元みずほFG会長)の負の遺産。いまだに我々を苦しめ続けている」と苦渋の色を浮かべる。
 思い返せば、みずほFGにとってマレリは最初から鬼門だった。過去を紐解いてみよう。
 マレリという名前は聞き慣れなくても、カルソニックカンセイといえばなじみのある読者も多いはず。カルソニックカンセイが19年、欧米自動車大手FCA(現ステランティス)からマニエッティ・マレリを7200億円で買収し社名をマレリに変更したため、日本人にとってなじみが薄れてしまった。
 カルソニックカンセイはかつて、日産自動車系列では最大のサプライヤーだった。1938年に日本ラジエーター製造(カルソニックの前身)が、56年に関東精器(カンセイの前身)が設立され、2000年に両社が合併してカルソニックカンセイが発足した。ところが日産立て直しにやってきたカルロス・ゴーン氏の苛烈なリストラ、俗に言うケイレツ解体の一環として、日産は41%を保有していたカルソニックカンセイ株の売却を決める。
 日産が株売却に向けて最初のオークションを実施したのは16年6月のこと。当時、ファイナンシャルアドバイザー(FA)としてセルサイドアドバイザーを務めたうちの1社がみずほ証券だった。ここでみずほFGは早くも一敗地に塗れることになる。
 当時を知る複数の関係者によると、日産はカルソニックカンセイ売却に際して当初、二つのプランを並行して走らせた。一つがカルソニックカンセイ丸ごとの売却、もう一つが事業ごとに分けた分割売却だ。丸ごと売却のFAがバンクオブアメリカ・メリルリンチ、事業ごとの分割売却のFAがみずほ証券だったという。
 カルソニックカンセイの主要事業はカーエアコンや熱交換器、マフラーなどいくつかあったが、みずほ証券はそれぞれの有望な買い手を見つけてくることができなかった。当時ある買い手企業に雇われ、交渉に携わったバンカーは「みずほ証券はとにかく動きが遅く、事業会社からブーイングが出た」と振り返る。
 丸ごと売却を請け負ったメリルリンチは、早々に買い手として複数の外資系プライベート・エクイティ(PE)ファンドを確保、日産も次第にメリルリンチを信用するようになっていった。結果的にオークションは丸ごと売却案で進むことになる。
 しかもメリルリンチ案が優勢になるなか、みずほ証券はなかなか敗北を認めず分割ディールを終わらせなかった。これがメリルリンチ案に乗ったPEファンドを怒らせた。分割案は当然ながら買い手の数が多いため、証券会社の多くが買収に意欲を見せた事業会社のFAについてしまっており、いくつかのPEファンドは「FAをなかなか確保できなかった」(外資系PEファンド関係者)のだ。
 最終的に米KKR、米ベインキャピタル、アジア系のMBKパートナーズらが手を挙げ、KKRが競り勝ったのは周知の事実だ。たんまり報酬を得たメリルリンチに対し、みずほ証券は指をくわえて見守るだけ。マレリに絡むみずほFGのケチのつき始めはこの辺りから始まっていた。

「負債版ハゲタカ」に屈する

 マレリの2度の破綻の過程でも、みずほFGは悉く後手に回った。1回目の破綻となる22年。マレリは最初、私的整理の一種である事業再生ADR(裁判以外の紛争解決)を申請した。だが「みずほ銀とKKRが主導した」(マレリ関係者)とされるこの案は、債権者の一部だった中国系金融機関の同意を得られなかった。ADRは全債権者の同意が必要なためこのプランは頓挫。やむなく金額ベースで5分の3以上の同意があれば実施できる法的整理の一種、「簡易再生」を選ばざるを得なかった。
 中国系金融機関の反対は、前出のマレリ関係者に「十分に想定できたこと。なぜみずほ銀が事業再生ADRを強行しようとしたのかわからない」と言われる始末。ディールハンドリング能力の低さをここでも露呈した。
 歴史はとことん繰り返す。今回の2度目の破綻に至る経緯も、みずほ銀にとっては「誤算だらけの望まざる決着」(みずほ銀関係者)だった。
 1回目の破綻時は、みずほ銀だけでなく三井住友銀行や三菱UFJ銀行、三井住友信託銀行など邦銀がそろってマレリに貸し込んでいた。だが簡易再生が終結した直後から、三菱UFJ銀や三井住友銀などは債権を譲渡してマレリから手を引いた。三井住友銀関係者は「まだKKRがスポンサーを続けると聞いて嫌な予感がした」と振り返る。
 気づけば邦銀はみずほ銀以外、国際協力銀行などわずかしかいなくなっていた。そして多くの邦銀が手放した債権を安く買い集めていたのがドイツ銀行だった。マレリやKKR、そしてみずほ銀は「誰が売ったかは必死で追ったが、買い集めたドイツ銀の魂胆にあまり注意を払わなかった」(前出みずほ銀関係者)と悔やむ。
 ドイツ銀は買い集めた債権を米ストラテジック・バリュー・パートナーズ(SVP)に売却した。SVPは株式(エクイティ)ではなく負債(デッド)の方に目をつけ、経営が厳しい企業の債権を買い集め、企業にもの申すアクティビストのような存在。わかりやすく言うと「負債版ハゲタカ」(ヘッジファンド関係者)だ。
 もちろん、ドイツ銀とSVPは当初から握っていたはず。そしてSVPら外資債権団は案の定、今回の2度目の破綻の際に、みずほ銀ら邦銀勢と対立した。邦銀勢はインドの自動車部品大手、マザーサン・グループをスポンサーに仕立てた私的整理案を出したが、私的整理にはあくまでも全債権者の同意が必要なため、再び頓挫した。1回目の破綻時に抵抗した中国系金融機関がSVPにすり替わっただけで、まさに同じ構図だ。
 結果は前述の通り、私的整理を断念して法的整理に相当するチャプターイレブンの申請。みずほ銀とKKRは、ドイツ銀とSVPら外資金融にまんまとはめられたのだ。1回目の破綻も2回目の破綻も、みずほ銀が描いた私的整理は実現しなかった。

天下に晒した「ディール下手」

 それだけではない。SVPらは破綻スキームだけでなく、スポンサー選定でもみずほ銀らが推すマザーサン案に反対し、自らがスポンサーになると主張した。私的整理を断念させられ、せめてスポンサーはマザーサンでと主張したみずほ銀だったが、SVPら外資金融は既に債権の半分近くを握っていた。マザーサン案で強行しても、今後、半分近くの債権を握るSVPらが抵抗したら再建がスムーズに進まないことは容易に想像できた。
 悲鳴を上げたのがマレリだ。今度こそ会社消滅の危機で背水の陣。債権者のいがみ合いで再建が進まない事態だけはなんとしても避けなければいけない。もし会社清算のような事態に陥れば、世界で4万5千人もの従業員とその家族が路頭に迷い、国内で約3千社とされる取引先にも甚大なダメージを与えてしまう。
「SVPらと妥協してくれ」。6月7日、みずほ銀はマレリ幹部からこう要請された。破綻寸前のマレリと大口債権者のみずほ銀。本来ならばみずほ銀の方が強い発言権を持っていそうなものだが、スポンサーと債権者が対立し再建が進まなければみずほ銀にとっても意味がない。不本意ながらSVPらのスポンサー案をのむしかなかった。
 SVP陣営もDIPファイナンス(破綻企業向けのつなぎ融資)の金額を積み増すなどの歩み寄りは見せたが、描いた構図という点では文字通り、みずほ銀の「完全敗北」だった。
 そもそも1回目の破綻以降、SVPが密かに半分近い債権を買い集めた時点で外堀は埋まっていたのだ。みずほ銀は何年も、そして何度にもわたり、ディール下手な姿を晒し続けただけだった。


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