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社会・文化

コロナ「空気感染」をどう防ぐか

海外最新研究が薦める対処法

2022年1月号公開

 オミクロンに揺れる世界各国とは一線を画し、日本では原因不明の小康状態が続いた。オミクロン株流行でワクチン追加接種の対象年齢を引き下げたり、完了時期を繰り上げたりしている米国や英国に比べ、二〇二一年十二月からやっと追加接種が始まった日本の対応に、危機感は見られない。追加接種が受けられない間、わが身を守るポイントは何か。それはこれまでの研究で分かってきた新型コロナウイルスの「空気感染」をどう防ぐかに尽きる。
 マスクがコロナ予防の基本であることは、世界の常識となっているが、効果には限界がある。
 米エール大学などの研究チームは、バングラデシュの約三十四万人の住民を対象にマスクを装着する村と装着しない村に分けた試験を実施。二一年十二月、その結果を米『サイエンス』誌に発表した。本研究は布とサージカルマスクが併用されたが、感染予防効果が高いサージカルマスクを使用した六十歳以上を対象とした解析では、感染が三五%減少していた。二一年十一月、豪モナシュ大学の研究チームは、マスクなど公衆衛生学的介入の効果について、過去に発表された論文をまとめたメタ解析の結果を『英医師会誌(BMJ)』に発表した。マスク着用の感染予防効果は五三%にとどまった。

注目すべきは二酸化炭素濃度

 コロナ予防には複合的な対策が必要だ。ポイントは、エアロゾルを介した空気感染を防ぐこと。 
 流行当初、コロナは咳・くしゃみ・会話を通じて放出される飛沫を介して感染すると考えられた。飛沫は数百マイクロメートルと比較的大きく、放出されても、数十センチ以内で地面に落下するとされた。これが正しければ、コロナ感染予防は、感染者と「濃厚」に接触する人だけをケアすればいい。日本では三密対策が重視されたが、いまやこの考えは否定されている。
 クラスターが発生するのは飲食店、ジムなどの屋内に限られていた。飛沫感染なら屋外で起こってもおかしくない。ここから、コロナ感染の主たる経路は空気感染という仮説が導き出される。 
 空気感染は感染者の呼気に含まれる肺胞由来の微小なエアロゾルが空中を長時間浮遊しながら移動し、それを離れた場所にいる人が吸入することで拡大する。
 この可能性は、二〇年五月に米テキサスA&M大学の研究チームが『米科学アカデミー紀要(PNAS)』に「空気感染がコロナ感染拡大の主要ルート」という論文を発表するなど当初から指摘されていた。医学界でコンセンサスが得られたのは、二一年四月に英『BMJ』と英『ランセット』がこの問題を扱い、世界保健機関(WHO)が、エアロゾルの吸入が近距離、遠距離のいずれも主たる感染経路だと公式に認めてからだ。
 二一年八月に米『サイエンス』が「呼吸器ウイルスの空気感染」という論文を掲載し、「空気感染は、これまで十分に研究されてこなかった。その理由は、エアロゾルの空中での振る舞いに関する理解が不十分で、逸話的な観察結果が誤って伝えられてきたから」「(コロナに限らず)呼吸器感染症について、エアロゾルによる感染経路を再評価する必要がある」と空気感染対策の重要性を強調した。
 空気感染が主因なら濃厚接触者調査や三密対策は無意味だ。厚労省は空気感染を否定してきたが、二一年十月にようやくホームページに、従来の飛沫感染、接触感染に加え、空気感染を追加した。
 空気感染対策の中心は換気だ。日本のマスコミも論調を変えた。最近は、「暖房をつけて室内を暖めてから、窓を開ける」「窓を開け続ける場合、その幅を小さくし、空気清浄機を併用する」「換気の時間を短くし、短い間隔で行う」(NHKニュース、二一年十二月二日)を挙げるが、的外れだ。世界の換気対策は科学的根拠に基づき、もっと合理的に行われている。
 世界の専門家が注目するのは、二酸化炭素濃度。前出の『サイエンス』の論文は「二酸化炭素センサーは、呼気蓄積の指標として使用することができ、換気をモニターし、感染対策を最適化する簡単な方法となる」とする。論文は、室内の二酸化炭素濃度を七〇〇~八〇〇ppm以下に維持することを推奨する。空気感染対策の研究が進んだ結核感染では、室内の二酸化炭素濃度をこのレベルに抑えれば、二次感染をほぼ抑制できることが分かっている。
 二酸化炭素モニターは、一万円以下で、家電量販店やオンラインで買える。その気になれば、誰でもチェックできる。

「紫外線照射」も推奨

 換気を考える際、重要なのが建築物の換気効率だ。ビルの高層階は風が強く窓を開けることができない。このような建築物では、二十四時間の換気設備の設置が建築基準法で義務付けられている。〇三年七月の改正で、シックハウス症候群対策のため一時間で空気の半分以上を入れ換えることが義務付けられた。
 ただ、これではコロナ対策には不十分だ。米疾病対策センター(CDC)は、コロナ感染者を収容する施設に対して、一時間に六回、できれば十二回の換気を求める。日本でも建築物によっては、自主的に換気を強化する。順天堂大学医学部に在籍する小嶋智郎氏によると、「都内の有名ホテルの大広間で計測したところ、数百人が入り、閉め切った状態なのに、四三六~四九九ppmで外気と変わらなかった」という。
 一方、「雑居ビルに入った居酒屋では一二九一~一七一七ppm」だった。この差は窓の開閉ではなく、建築物に備わった換気設備の能力差に負うところが大きい。
 換気設備が整っていない建築物はウイルスを空気中から吸着除去する高性能な「HEPAフィルター」と、ウイルスを失活させる紫外線の活用が有効だ。二一年十月、英『ネイチャー』は、「フィルターによってコロナウイルスを除去できることを示す」という記事を掲載している。HEPAフィルターとは、空中の〇・三マイクロメートル以上の粒子を捕集でき、市販されている空気清浄機に利用されている。この記事では、英ケンブリッジ大学の研究者たちが、コロナ病棟にHEPAフィルターを設置し、最初の五日間は稼働させず、次の五日間に稼働させて、空中のコロナウイルス粒子を調べた。フィルターがオフになっている五日のうち四日間でウイルスが検出されたが、稼働している間は一度も検出されなかった。適切な空気清浄機を置くだけで感染リスクは低下する。
 二一年六月、CDCは換気手段が限られている施設に対し、紫外線を天井付近に水平照射し、空気の滞留で部屋の上部に溜まるコロナ粒子を不活化することを推奨した。その根拠の一つは、二〇年六月にハーバード大学の研究チームが『米医師会誌(JAMA)』に発表した論文だ。部屋の上層への紫外線照射は、一時間に二十四回の換気に相当すると論じている。
 これが最新の研究成果を採り入れた「コロナ予防策」だ。幸い、いずれも必要な装置はさほど高額でない。社会に広まれば「空気感染」を一定程度、抑止することが期待できる。


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