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連載

大往生考 第31話

死に直結する「熱中症」
佐野 海那斗

2022年7月号

 七月になると思い出す患者がいる。熱中症で命を落とした七十代の男性だ。私がもう少し配慮していれば、助かったかもしれない。その悔いを、何度も反芻してきた。
 この患者が、私の外来にやってきたのは二〇一〇年春のことだった。大学病院で胃がんの手術を終え、その後のフォローを依頼された。私が驚いたのは、患者が痩せこけていたことだ。術前と比べ、体重は六キロ減ったらしい。手術は成功したが、水分や食事を摂ると吐いてしまうため、食事が進まないという。私は、こんな状況の患者を投げ出す大学病院の医師に、怒りを覚えた。
 患者は週に一回のペースで、私の外来を受診した。嚥下障害に対しては、栄養士や摂食・嚥下障害を専門とするリハビリチームと共に治療にあたったが、状態はなかなか改善しなかった。特に水やお茶などを飲むとむせることが多かった。
 患者は元高校教師で、理性的で礼儀正しい人物だった。外来には、いつも妻とともにやってきた。診察が終わると、私にはもちろん、担当の看護師にまで礼の言葉を欠かさなかった。容易に改善しない嚥下障害に対しても、一度も愚痴をこぼすことはなかった。
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