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連載

本に遇う 第278話

渡辺京二さんを悼む
河谷 史夫

2023年2月号

 コロナワクチン接種のあとに出た全身の発疹に難儀しておたおたしていた昨年十二月二十五日、渡辺京二さんの訃報に接した。肥後熊本に盤踞し、人間と時代に強烈な関心を抱いて読書と考察を続けた九十二年の生涯であった。
「おれたちは常に地獄の釜の蓋の上で踊っているようなものだ。何を騒いでいるのか」という渡辺さんの「覚悟」の言葉に横っ面を張られたのを思い出す。二〇一一年三月、東日本大震災のときであった。ビルが崩壊し、人も家も津波に流された東北とは比較にならないが、液状化で傾いた我が家で開いた毎日新聞のインタビュー記事で知ったのだった。
「私の考えを言えば、大方の憤激を買いそうだから」と新聞や雑誌のインタビュー依頼を全て断ったという渡辺さんが毎日にだけは応じたらしい。一人の記者がその年に出た『未踏の野を過ぎて』の巻頭に書き下ろされた文章を見て取材を申し込んだのであろう。
「そもそも人間は地獄の釜の蓋の上で、ずっと踊って来たのだ。人類史は即災害史であって、無常は自分の隣人だと、ついこのあいだまで人びとは承知していた」と渡辺さんは言う。「だからこそ、生は生きるに値し、輝かしか・・・

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