河野洋平「きれいごと政治」の虚名
《政界スキャン》
2026年7月号
河野洋平元衆院議長が亡くなった。ご冥福をお祈りする。享年89。17年前に議員を辞め、たまに談話が出ても目立った政治活動をほとんどやめていたにしては、各新聞の訃報は大きかった。評伝も温かかった。褒めすぎではないかと思えるほどである。
これは何だ、と考えさせられる。死者にむち打たない美徳を尊重しつつ、政治家の評価は何をしたか、それが何をもたらしたか、をはっきり論じるべきだろう。
「筋金入りのハト派・護憲派・リベラル派・反核平和主義者・中国韓国との善隣外交」。褒め言葉は判で押したように共通している。自民党にいながら戦後民主主義の良心、理想の体現者といった位置付けである。好き嫌いはあれ、文句の付けようがない。
怪しいのはそこである。褒める勢い余って「話し合い尊重・反金権・反権力」まで言い出すと、きれいごとすぎるし、カッコ良すぎる。そんな政治家あり得るのか。河野イズムは、汚い政治を否定するあまり、現実政治から遊離していた面はないのか。
河野の政治家としての代表的な事績は次の五つだろう。
1976年……新自由ク・・・
これは何だ、と考えさせられる。死者にむち打たない美徳を尊重しつつ、政治家の評価は何をしたか、それが何をもたらしたか、をはっきり論じるべきだろう。
「筋金入りのハト派・護憲派・リベラル派・反核平和主義者・中国韓国との善隣外交」。褒め言葉は判で押したように共通している。自民党にいながら戦後民主主義の良心、理想の体現者といった位置付けである。好き嫌いはあれ、文句の付けようがない。
怪しいのはそこである。褒める勢い余って「話し合い尊重・反金権・反権力」まで言い出すと、きれいごとすぎるし、カッコ良すぎる。そんな政治家あり得るのか。河野イズムは、汚い政治を否定するあまり、現実政治から遊離していた面はないのか。
河野の政治家としての代表的な事績は次の五つだろう。
1976年……新自由ク・・・









