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経済

三井住友に銀行界から怨嗟の声

協会会長行として「不適」の烙印

2010年11月号公開

「このままでは邦銀はとんでもないことになる。会長行だというのに何ら手立てを講じず、SMBCは一体、何を傍観しているんだ」(みずほ銀行幹部)
 三井住友銀行(SMBC)に対するこんな怨嗟の声がいま、全国銀行協会加盟各行から沸々と湧き上がりつつある。
 発端となったのは、米オバマ政権が今年三月に成立させた、一本の法案だ。FATCA(Foreign Account Tax Compliance Act)―。「外国口座税務コンプライアンス法」とでも呼べばいいのだろうか。スイスを本拠とする総合金融グループ、UBSの元行員が米富裕層顧客の海外資産移転や租税回避を幇助していた疑惑が発覚したことなどを受けて策定されたもので、いわば米国人が海外の銀行や証券、保険会社などに持つ金融資産を狙い撃ちした、徴税強化策だ。
 だが、オバマ政権の狙いはそればかりではない。というのも、この法案が総額百七十六億ドル予算を盛り込んだ追加雇用促進策の一環として打ち出されたことでもわかる。要は失業者を新たに雇用した企業が支払う給与に対する源泉徴収課税の減免措置や高速道路の建設促進、学校建設の助成といった一連の追加対策実施に必要となる財源をこのFATCAによって賄おうというわけだ。
 では、なぜこれが邦銀にとって「とんでもないこと」になるのか。理由はその徴税強化のメカニズムにある。

邦銀の危機を前に不可解な沈黙


 FATCAではまず、米国籍以外の金融機関(=外国金融機関)に対し、米財務省および内国歳入庁(IRS)との間で米国人口座に関する本人確認・報告義務に関する契約を結ばせる。外国金融機関は、二〇一一年春をめどに定められることになっている施行規則によるデューディリジェンスの手続きに基づき、保有するすべての口座について、米国人・非米国人の判定をしたうえで、五万ドル以上の金融資産を持つ米国顧客の名前、口座番号、残高や年間入出金総額などを年一度、IRSに報告しなければならなくなるのである。邦銀が強いられる追加システム投資や事務処理負担は膨大だ。
 三菱東京UFJ銀行(BTMU)関係者が嘆息する。「ウチで口座数ざっと四千万。その一つ一つについて米国人口座かそうでないかの情報を収集し、検証するとなると半端な費用では済まない。法令順守コストは数百億円といったオーダーになるかも。法律が実際に動き出すのは一三年一月からだが、すぐにでも対応しないと間に合わず、時間的にもきつい」。
 大手行の一部には「現実問題として、各種の情報保護法などに抵触することなく、本人確認や国籍の実質判定・確認などできるのか。へたをすれば財産権の侵害などで訴えられかねない」とする声も少なくない。つまり、FATCAへの対応など「そもそも不可能に近い」(地銀幹部)というわけだ。
 だが、それこそが実はオバマ政権の思うつぼというものだろう。なぜなら、FATCAでは財務省・IRSとの開示契約そのものを義務付けてはいないものの、契約を締結しない外国金融機関に対しては対米投資から得た収入に三〇%の“懲罰的”源泉税を課すとしているからだ。くどいようだが、「所得」にではない。「収入」にである。
「米国債購入に一億ドル注ぎ込んで、六千万ドルしか売れず、損が出ても一千八百万ドルの源泉税を持っていかれることになる。これでは米国の雇用促進対策費用を外国金融機関、とりわけ図体が大きく、対応困難な邦銀からむしり取ることで捻出しようというのと同じだ」。みずほ関係者はFATCAへの怒りを募らせる。
 ところが―。まさに危機が目前に迫ろうかというのに、銀行界の取りまとめ役である肝心のSMBCにまるで動く気配がないのである。
「全銀協会長行なら本来、金融当局や国税当局の尻を叩いて米政府に制度緩和を申し入れるとか、マスコミに説明して反対の論陣を張ってもらうとか、いろいろやるべきことがあるハズ。何らアクションを起こさないのは不可解」。りそな銀行幹部の一人も苛立ちまじりにこう指摘する。

飛び交う「無能説」と「陰謀説」


 実際、欧州勢などの動きは機敏だった。FATCAの詳細が次第に明らかになりつつあった今夏にかけ、欧州銀行協会や英国銀行協会などがいち早く反対の意見書を表明。フィナンシャル・タイムズなどの高級経済紙を通じて、巧みに世論を喚起するといった作戦にも打って出ている。さらにカナダ銀行協会や同投資ファンド協会なども相次いで意見書を提出したとされる。
 そこでは沈黙を続ける一方で、銀行界が強く反発している郵政改革法案など一連の郵政問題を巡っては、SMBCは「歴代会長行に比べてむしろ派手なくらいに動き回った」(BTMU首脳)といういきさつもあるだけに、銀行界も不信を強めている。
 加盟各行がSMBCに対する不信と不審を増幅させるなか、飛び交っているのが「無能説」と「陰謀説」の両方だ。現在、SMBCの主流派を形成している旧住友銀行は、一九九〇年代になって会長行の持ち回りに加わった、いわば新参行。営業力や他行の寝首を掻くのには長けていても、銀行界全体の利害得失を俯瞰して外国政府などに的確に意見を伝えるといったことに対する経験が不足していることは否めない。海外税制などに精通した人材も乏しく、そもそもFATCAの危険性を認識できていないのではないか―、というのが無能説。
 一方、それとは逆に、FATCAをむしろ隅から隅まで熟知したうえで、ライバル行が負担に耐えかね、やむなく米国人所有口座の切り捨て・縮小に動くのを待って「その受け皿になろうと、じっと息を潜めて獲物を狙っているのでは……」(事情通)というのが陰謀説だ。
 どちらにしても「きわめて罪深い」(大手行幹部)行為だが、ここにきてもう一つの見方も浮上している。十一月一日のニューヨーク証券取引所上場と、一一年中を目指しているとされる米国での金融持ち株会社認可取得との関連性だ。いずれもすでに達成済みの三菱UFJやみずほに大きく後れをとってきた事案。SMBCにとっていわば「悲願」ともいえるだけに、「FATCAに異議を唱えるなど米政府と正面から事を構えることによるリスクを恐れて、この際、敢えて沈黙することにしたのではないか」(金融筋)というわけだ。
 だとしたら、我欲のために日本の金融界にとっての公益を犠牲にしていることになる。その罪、まさに万死に値するとは言えまいか。


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