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連載

むかし女ありけり 連載123

勲章
福本邦雄

2010年11月号

さみだれにぬれて来し日のおもかげの寂しくうかぶ茉莉花のはな 藤蔭静枝

 当時、荷風の女性関係は乱脈を極め、耽溺し飽きては別れるを繰り返していた。女性を物としてしか見ていなかった様は、彼女らをモデルにした作品群からも容易に窺われる。
 静枝と出会った頃、ただ「親を安心させるため」だけに、荷風は商人の娘と結婚していた。当然のように個性が強くわがままな荷風と平凡な町娘がうまくやっていけるはずもなく、二人は半年たらずで別れている。そんな荷風の家を静枝は毎日のように訪れては彼の書斎で小説の類をよみふけり、夕暮れも近づくと二人連れだって芝口の哥沢芝加津という師匠のもとに、端唄をならいに出かけるのだった。
 こうした静枝との日々を、荷風はそのまま短編『風邪ごこち』に描いている。体調を崩した荷風を静枝が甲斐甲斐しく世話したりする中で、二人はその関係を日々深めていった。静枝もすでに三十歳を超え、先々を案じては荷風に相談を持ちかけていたが、大正三(一九一四)年の八月、「いっそ正式に結婚しようか」ということになった。永井家は格式のある家柄であったので、静枝はいったん・・・