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連載

不運の名選手たち36

小西浩文(登山家) 八千メートル峰とガンからの生還 
中村計

2012年12月号

 ピリオドは、唐突に訪れた。

 昨年、マナスル(八一六三メートル)に挑戦したときのことだ。登山家の小西浩文は、四千七百メートル地点のベースキャンプから頂上付近を見上げ、こう悟った。

「あそこは命をかけないと登れない世界。これまでは自分が生きる道はこれしかないんだと洗脳してきた。でも、頂上には自分の幸せしかないんです。だったら、もう命はかけられないと思った」

 八千メートル峰は、酸素の量が地上の約三分の一しかない。人間が高度順応できるのは七千メートルあたりが限度と言われ、それ以上は「デスゾーン」と呼ばれる。気温も当たり前のようにマイナス二十度から三十五度まで下がる。そこに酸素ボンベを背負わずに登るとは、どういうことなのか。

 今年五月、日本人として初めて世界に十四山ある八千メートル峰すべてに登頂を果たした竹内洋岳は「素潜りに似ている」と表現する。

 つまり、登れば登るほど息苦しさは増し、頂点にタッチしたら一刻も早く下山しなければならない。いつ酸欠によって脳が異常をきたしてもおかし・・・