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社会・文化

移民阻む日本人の「差別意識」

伊豫谷 登士翁(一橋大学大学院社会学研究科教授)

2010年12月号公開

 ――外国人労働者受け入れの動きが一向に進展しません。

 伊豫谷 介護などの具体的な要請によって問題提起があると、ヒステリックな感情論が起きて潰される。移民の受け入れを巡り、そんな状態を二十年以上繰り返している。人口減少期に入ったにもかかわらず、政治的な議論がまともな形で進まない状況こそ極めて「異常」なのだ。移民に反対する理由は基本的に「人種差別」によるもの。移民を受け入れている欧州で、極右政党が伸長しているのを見ればわかるとおり、これは避けて通れず根本的な解決が難しい問題。反対理由として掲げられるのが、外国人による犯罪増加。しかし犯罪発生率は「所得相関」が高いことが明らか。所得が高くなれば犯罪は減少する。つまり、外国人を受け入れると犯罪が増加すると主張する人たちは、外国人を低賃金で酷使することが前提となってしまっている。

 ――日本とほかの国の差別意識に違いはありますか。

 伊豫谷 多少の差異はあるが、根本的には同じ。たとえば違う文化の匂いへの嫌悪が、肌の色や風習への不安などに結び付く。現在の状況における大きな違いは「時間」だ。日本人が、在日韓国・朝鮮人や中国人を除いて、ブラジル人やフィリピン人といったいわゆる外国人労働者と関わり始めたのはせいぜい八〇年代から。欧州は六〇年代から数えれば、半世紀以上も受け入れ、多くの困難を抱えてきた。そうした中で、移民についての制度を整備し、サポートする環境も作り上げてきた。

 ――日本人は経験が足りない。

 伊豫谷 足りないというよりも向き合っていない。欧州では一部が「外国人排斥」を声高に叫ぶ一方、それに反対する運動が起こり、ある意味で健全といえる。日本人は自らの差別意識を水面下に隠し、正面から対峙してこなかった。それは在日朝鮮人問題をみても明らか。移民に関わる議論はこの問題と向き合うことから始めるべきだが、そうすると「差別を助長するから入れないほうがいい」という議論さえ出かねない。正当な議論をせずに思考停止しているという意味でむしろ罪深い。

 ――日本人の失業者が溢れているという指摘もあります。

 伊豫谷 これも議論されつくしている。世界的に六〇年代後半以降、高失業率と移民労働者流入が、並行して起きた。資本主義の構造が変化したのだ。自国の求職者と求人の不適合を是正すべきという「ミスマッチ論」は妥当しない。高度産業社会では、いわゆる3Kなど、人が集まらない職種ができる。経済社会を動かすためには、そういう分野にも労働力は必要であり、外国人労働者に依存することになる。「外国人が入ってきたから職にあぶれた」のではなく、「労働市場の間隙が生じたから外国人が入ってきた」のだ。

 ――議論を進めるためにはどうすればいいのでしょうか。

 伊豫谷 日本にあるのは「入れてやるか」という、「高慢」な議論。「送り出す側」への視点が欠落している。フィリピン人看護師は、英語が話せるというアドバンテージもあり、世界の労働市場では価値が高い。フィリピン国内での看護師すら不足する状況があるのになぜ、「来させてやってもいい」という態度をとり、経済も伸び悩む国に進んでくると思うのか。在日朝鮮人問題を含め日本人が目を背けてきた差別意識に向き合わなくては、間に合わなくなる。
 
 〈インタビュアー 編集部〉


伊豫谷 登士翁(一橋大学大学院社会学研究科教授)
1947年京都府生まれ。71年滋賀大学経済学部卒業。79年京都大学大学院経済学研究科博士課程単位取得満期退学、2002年に同大学で経済学博士号取得。東京外国語大学教授を経て1997年から現職。主な著書に『グローバリゼーションと移民』等。


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