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連載

追想 バテレンの世紀 連載59

ヴァリニャーノの再来日
渡辺 京二

2011年2月号

 秀吉の「迫害」によって、西九州の一隅に匿れ棲まねばならなかった在日イエズス会士が、渇えるものが水を求めるように待望したのは、少年使節を伴ったヴァリニャーノの再来日だった。
 ヴァリニャーノは帰国途上の少年使節(もはや少年ではなかったが)を伴い、一五八八年七月マカオに着いた。このときすでに彼はインド管区長の地位を後進に譲り、再び巡察使の任に就いていたばかりでなく、秀吉に対するインド副王の使節の資格も帯びていた。
 彼はマカオで、秀吉が前年バテレン追放令を出したことを初めて知った。彼には少年使節を連れ帰るばかりではなく、追放令を緩和するという重要な任務がつけ加わったわけである。彼がマカオに着いたとき、その年の定航船はすでに出帆していたし、翌八九年のそれは前述したように長崎へ向かわなかったので、ヴァリニャーノ一行は一五九〇年度のナウの出帆までマカオに滞在せねばならなかった。彼らがエンリケ・ダ・コスタのナウに乗って長崎に着いたのは、一五九〇年七月のことである。
 有馬晴信、大村喜前を始め使節の縁者たちは長崎まで彼らに会いに来た。しかし、彼らは互いに相手を見分ける・・・