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連載

本に遇う 連載137

傾いた家で悠々を読む
河谷史夫

2011年5月号

 三・一一以後、日本の変容にも似て、わが家において、わがなけなしの信用と権威が地に落ちた。
「おれの生きているうちに大地震は来ない」と公言していたものだから、家人の見る目が冷たくなった。予想は外れるためにあると持論を述べても聞く耳を持たない。
 また日ごろ「おれは世界のことを考えているのだ」と威張っていたのだが、断水、ガス停止、下水道不通の「在宅難民」を三週間と二日強いられていた間に、世界の考察は生活実務に何の効用もないことが暴露されたのである。
 当日、揺れが収まって表へ出たら、地面のあちこちから黒々と水が噴き出ている。下水管が破れて流れ出た汚水かと思った。それが液状化による泥水だと気づくのにしばらく間を要した。黒い水の噴出は数時間続いた。むかし別府で見た坊主地獄を思い出した。
 気がつくと、家の周りは黒泥で囲まれている。ゴム長靴がズボッとはまると抜けない。二、三十センチの層を成している。軟弱な地盤の水分が出てきたわけで、沈下した分に応じて家が傾いている。向こう三軒両隣もご同様だ。
 四分の三が埋め立て地の浦安だが、怪しいことに場所に・・・