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社会・文化

横行する「トクホ」食品の嘘

普遍的でない「健康効果」

2011年8月号公開

 通勤途中らしきスーツ姿の若者が歩くのに合わせて、お腹の部分に青白い炎が上がる。よく見る清涼飲料のコマーシャルだ。飲めば体内の脂肪が燃焼することを窺わせるメッセージも流れる。
 トクホ――。特定保健用食品と呼ばれ、現在九百以上の商品が発売されている。本格的に販売されるようになったのは一九九〇年代後半だ。市場規模を見ると、記録の残る九七年の一千三百億円余りから急増し、二〇〇七年にピーク(約六千八百億円)を迎えた。二年ごとの調査のため、最新の数字は〇九年の約五千五百億円だ。トクホの定義は次の通り。
「食生活において特定の保健の目的で摂取をする者に対し、その摂取により当該保健の目的が期待できる旨の表示をする商品」
 極めて曖昧な表現だ。「健康によい」というイメージだけで「お化け商品」が生まれるトクホは食品メーカーにとってドル箱である。
 しかし、この「健康によい」という部分に大きな疑問符がつく。はっきり言えば効果が期待できないものが横行しているのだ。

実験条件が極めて特殊


「トクホ認可の根拠となる臨床実験は、その条件が特殊で一般に当てはまらないものが多い」
 こう語るのは筑波大学名誉教授で、農学博士の鈴木正成氏だ。同氏はトクホ業界に直接関わりながら、そのいかがわしさに長年疑問を呈してきた。
 怪しいトクホと聞いてすぐに思い浮かぶのが花王の食用油「健康エコナ クッキングオイル」だろう。〇九年、体内で発癌性物質に変わる成分が含まれていたことで、回収された。発癌性物質など議論以前の問題だが、このエコナの「健康効果」自体が怪しかったことはあまり知られていない。
 鈴木氏は長年、油脂と肥満の関係を研究してきた第一人者だ。その経験を基にエコナの「肥満気味の方、中性脂肪が高めの方におすすめします」との宣伝に疑問を持ち、自ら実験を行った。通常の植物油と比較し、ラットと人に投与したところ脂肪燃焼や中性脂肪上昇の程度に差はなかった。
 鈴木氏がこの結果を〇二年の日本肥満学会で発表しようとした前日に事件が起きた。花王の担当者が大学を訪れたのだ。担当者は「会社の実験で効果があった」として、十五本前後の論文を持参した。しかしその論文が極めて限られた条件下での代物だったのだ。鈴木氏はこう言って呆れる。
「調理に使わず飲ませたり、糖尿病患者を使ったりして得たデータがほとんどだった」
 しかもその担当者は鈴木氏に「発育期の子どもと、肥満していない一般の方には効果がない」と認めた。これを、誰にでも効果があるかのような文言で売っていたのだ。
 鈴木氏はこの時、担当者に「効果が確認できなかったデータもあるのではないか」と問い質した。果たして、担当者は黙して語らなかった。効果の出なかった実験結果を隠蔽することは、消費者に対する重大な背信行為である。
 問題は既に販売されていないエコナだけではない。同じく花王が販売する「高濃度茶カテキン」により脂肪燃焼が期待できるという「ヘルシア(シリーズ)」というヒット商品にも「嘘」が隠されている。
 ここに、〇五年に花王が専門誌「化学と生物」に掲載した論文がある。実はこの中には結論部分に「男女ともBMIが低いヒトでは体脂肪低減を認めず」と書いてある。BMIとは肥満度のことである。そして、BMIが高いと脂肪低減効果があったと書いてあるのだが、ご存じの通りヘルシアの宣伝をみてもそのことには触れられていない。冒頭記したコマーシャルに登場する俳優のBMIが高いようにはとても見えない。
 さらにそれ以前、〇二年の「女性と茶カテキン」に関する論文では、唐突な帰結が登場する。要約すると「女性のやせ過ぎは病気のもとだ。BMIが低い人で脂肪低減効果がなかったということはやせ過ぎを防ぐ。だから茶カテキンは安全だ」という。当初の目的を達成できなかったことを、安全性の論拠とするのは無理やりにもほどがある。

産官学のトライアングル


 問題はもちろん花王だけではない。現在、「体脂肪と中性脂肪上昇を抑える」唯一の食用油である「ヘルシーリセッタ」(日清オイリオ)はその安全性の根拠となった実験で、「四週間後に血清脂質、ケトン体、体脂肪に関して有意差がなく」通常の植物油と同じだと結論づけている。にもかかわらず、「効果」については別の論文で、BMIが二四・六前後(標準は二二)の被験者で四~十二週後に脂肪低減効果が出たとしている。
 なぜこのようなことが横行するのか。そのカギの一つとなる公益財団法人がある。七百社以上の食品メーカーなどが加入する「日本健康・栄養食品協会」だ。定款にも謳っているが、トクホを広めるための窓口となる利害関係者集団だ。案の定、常務理事は厚生労働省からの天下りが座っている。〇九年の消費者庁発足を契機に、トクホの所管は厚労省から移ったが、縄張りには変化がない。
 この協会の問題点は「健康・栄養食品研究」という学術誌の編集・発行だ。トクホの申請には学術誌での発表が求められる。つまり、「自作自演」のようなこの雑誌でも可能だ。もちろん、他の学術誌に投稿されるものもあるが、食品メーカーが加入する団体でこうした雑誌を出していること自体が疑念を呼ぶ。ここで産官学が手を結ぶのだ。
 臨床試験を請け負う総合医科学研究所(総医研)という企業がある。ここはトクホの臨床試験を得意とし、「七割前後」(日本経済新聞)ともいわれたシェアを武器に〇三年に上場(現・総医研ホールディングス)を果たしている。手元に、その時期の「新株式発行並びに株式売出届出目論見書」という文書がある。創業者を筆頭とする株主には、何人もの学者が並ぶ。食品の効果を科学的に分析すべき学者が利害関係者になっていたのだ。ここでも産学は密接な関係にあることが分かる。
 前出の鈴木氏はこう語る。
「怪しい食品は枚挙に暇がない。現行制度はあまりにいい加減だ」
 トクホの申請に必要なことは、実験手法が科学的であることだけだ。効能については、誰にでも確認できる普遍的なものは求められていない。その部分を巧みに「隠蔽」しながら、さも「誰にでも効く」かのような広告を垂れ流し、消費者に通常の食品よりも割高な商品を売りつけているのだ。
 せめて明らかに「誇大」な広告の表現には規制を加えなければならないが、産官学トライアングルにそれを期待するのは難しい。
 消費者は、安易な商品に乗せられないことしか自衛の手段はない。医薬品ではない食品を、ただ食べて健康になれる。こんなことを信じているのは日本人だけだ。


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