三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

皇室の風 42

シラスとウシハク
岩井克己

2012年2月号

伊藤博文の命で帝国憲法の起草にあたっていた宮内省図書頭井上毅は、欧州各国の法制史や国法学を広く渉猟しながらも、日本独自の天皇の統治理念を打ち出しあぐね、思い悩んでいた。


 その井上の頭脳の中で、『古事記』の国譲り神話の記述が帝国憲法第一条に結晶したのは、明治十九(一八八六)年末から同二十年初めにかけ安房、上総、相模と思索の旅に出た時のことだ。法制史と国文学の素養を買って助手を務めさせていた小中村義象(のち池辺義象)を同道していた。

 上総の鹿野山登山中、小中村が大国主神の国譲りの故事にある「シラス」と「ウシハク」の話をした時の井上の様子を小中村は次のように回想している。

「先生は右の手に仕込杖をもち、左の手にかの書類を握りなから歩きたまひしか、ふきおろす風いみしくて、手も凍るはかりなれは、之をかばんに納めたまひ、いさ話せむとて問ひおこされしは、大国主神の国譲の故事なりき。かれはいかに、これはいかになと・・・