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経済

ソニーを蝕む陰湿リストラ

禁じ手の「産業医」まで動員

2012年3月号公開

四月一日付で平井一夫副社長の社長兼CEO(最高経営責任者)への昇格が決まったソニー。社内の一部からは、「これで製造部門の大規模リストラが決まったようなもの」と諦めの声が伝わってくる。

 近年のソニーの目を覆うばかりの凋落ぶりに対しては、ソフトウエア、ネットワークビジネスへの傾注を強めたハワード・ストリンガー氏の経営路線を元凶とする見方がいまや「定説」となっている。そうした“ものづくり軽視路線”を、ストリンガー氏の右腕として推進した首謀者たる平井氏に対する、社内技術陣の「敵意」は尋常ではない。社内の技術を軽視し、開発体制を散々に弱体化させた末の切り捨て。その平井氏の今回のトップ就任を受けて、社内では次なる大規模リストラがもはや「既定路線」との見方が広がっているのも無理はない。事実、平井氏昇格が囁かれ始めた昨年後半から、ソニー社内ではリストラに向けた「地ならし」に拍車がかかっているというのだ。それも、産業医という「最終兵器」まで動員しての、極めて陰湿化したものだというから、驚きだ。

表と裏のリストラを使い分ける


 ソニーは二〇〇〇年代に入って頻繁に早期退職募集を実施している。構造改革に着手した〇三年の早期退職を皮切りに、リーマンショック後の〇九年春には約九百人、一〇年秋の早期退職募集では四十~五十四歳に最大加算金五十四カ月分という好条件を提示し、約四百人の社員がリストラされた。

 ここまでの話であれば、さして驚くものではない。しかしソニーでは、世間に知られない形で、いまも日常的にリストラを断行し続けているというのだ。早期退職優遇制度を発令した人員削減が表のリストラとするならば、これはいわば裏のリストラだ。

 ソニーの人事部のもとには、各部署で不要人材との評価を下された社員のリストが集まってくる。戦力にならないローパフォーマーや精神的・肉体的な問題を抱える社員、つまりは各部署の厄介者扱いの社員たち―こうした人物は、常時数百人規模に達するという。それらの社員が送り込まれるのが人事部直轄の「キャリア開発室」、社内の「リストラ部屋」だ。彼らには、「SK」「HS」「SYK」「SYS」「SYT」「TS」との英字の略語がつけられる。「SK=再教育候補」「HS=秘書庶務候補」「SYK=社内休職」「SYS=社外出向候補」「SYT=職種転換候補」「TS=単純作業」という意味である。ランクは違えど、全てリストラ対象者である。

 キャリア開発室での仕事は主に以下の三つに集約される。・社内・社外の仕事を自分で見つけること。・自己啓発(スキルアップ)に励むこと。・空いている時間は他の部署を応援すること。
 部下をキャリア開発室に送り込んだある管理職は、実態をこう語る。「・は“早く辞めてよ”、・は“給料もらって遊ぶのか”と同義語。・と・は退職準備と見られるため、率先してやる人はいません。ほとんどが・に群がりますが、これは社内に蓄積したデータ類をひたすらPDF化する仕事、アルバイトがやる単純作業です」。

 キャリア開発室の「定員」は業績に沿った事業計画に応じて増減するが、一一年は年を通じて平均二百人ほどだった。だが不景気の煽りで居座りが増えてきた昨今、いくら実態がリストラ部屋だといっても、収容には限界がある。「キャリア開発室は、リストラ対象者を素早く処理するための“一時預かり所”であり、居座る対象者を早く追い出さない限り、定員であふれる。常に新しい人材を受け入れる余地を作っておかなければならず、会社側からのプレッシャーもきつい」(人事部に近い関係者)。

 一一年度は二千二百億円の赤字決算になることも判明したソニー。エレクトロニクス事業の解体に進めば、さらに大量の余剰人員が出るのは避けられない。足元のキャリア開発室の整理に「時間はない」と焦り出したソニーでは、ここにきて、「禁じ手」とも言える手法が登場している。「産業医」である。

失われる「SONY」への愛着


「環境を変えるのが一番ですよ」
 最近、ソニー社内でリストラ対象者に向けて、産業医の口から頻繁に発せられている言葉だという。本来、産業医の役割は体調を崩した社員やメンタル面で問題を抱え込んだりしている社員をいかに現場復帰させるかにある。が、ソニーの場合、事情は違ってくる。

 近年、業績が悪化する一方のエレクトロニクス事業のある管理職は、「メンタル面で問題を抱える部下を産業医に面談させたら、ソニーに居続けると悪化するだけ。休職するか、環境を変える(転職する)方が治癒する、と指摘されたようです。それで、上の役職者に問い合わせると、『産業医の協力も得ている』と言われました」。

 前出の人事部に近い関係者は、こう内幕を明かす。「正規の早期退職募集、そして後始末的な集団研修やリストラ部屋による追い込み作業をやっても必ず居座り組が出ます。あとは本人ですら自覚できないメンタル面を突くしかありません」。その新兵器がソニー指定の病院や外部のメンタルクリニックといった産業医というわけだ。

 人事部に近い別の関係者は、「メンタル部分は本人にもわからない部分が多く、産業医ですら診断に迷うことも珍しくない。そこに人事部の影響が働けば、退職を勧めるアドバイスに切り替わるのは容易」と漏らす。人事部の方針を知る上司が、「最近、顔色が優れないね。産業医か臨床心理士にでも診てもらったら」とリストラ対象者に水を向けるのも、いわば計画的だという。過去にメンタル面の治療で休職した「前科」があれば、前職への復帰はまず難しい。一定期間以上休職すれば規定に沿って「強制退職」となる。

 リストラ部屋での雑用仕事に給料を払う余裕もなくなってきたソニー内部では、定期的な人員削減数の目標が立てられ、リストラ担当者には必達目標(達成率)も与えられているという。その際にも「自発的な意思で退職」という飾り付けが必要になる。ソニー人事にとって産業医の存在は強力な武器となっているわけだ。

 ソニーは昨年十一月には新たなリストラを視野に入れたエレクトロニクス事業の構造改革を打ち出している。発表したのはほかならぬ平井氏だ。一部には、不採算のテレビ事業や半導体など電子デバイス事業を中心に一千人単位のリストラが実施されるとの臆測もある。三百人とも、五百人ともいわれる現在の潜在的なリストラ対象者を、春までにキャリア開発室の定員二百人未満に絞り込むとの目標も関係者の間でまことしやかに語られている。新社長就任で新生ソニーが喧伝される一方、陰湿なリストラ策が横行する社内は今、「殺伐とした雰囲気が支配している」(ソニー関係者)という。かつて憧れをもって語られた輝かしき「SONY」への愛着は、顧客はもとより、社内からも失われようとしている。


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