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連載

本に遇う 連載154

会うは別れのはじめ
河谷史夫

2012年10月号

「お前百までわしゃ九十九まで」と言うよね。あれは要するに、おれが一足先に逝く。あとは女房どのが始末してくれる、ということだよな、と聞いて来た男がいた。ああ、きっとそうだろう。亭主が一人残るのは哀れだしね、と答えておいた。

 ところが念のため『故事俗信ことわざ大辞典』を引いたら「お前」は夫、「わし」は妻とある。すると先立つのは妻であって、一人になるのは夫の方だ。

 幸福な家庭が相似ているのと違い、不幸な家庭は不幸の度合いを異にしているから似ていないと言った人がいたが、妻に先立たれた夫どもの不幸ぶりは一様で、顔つきまでお互い似通ってくる。

 まず妻の病気の発端に気づかなかった点を反省し、進行をどうすることもできなかった次第を悔い、いよいよ取り返しがつかないと知って取り乱し、いざ見送るときには気もそぞろ、いなくなったあとは不便と不条理を嘆き、しかし忍ぶほかないと観念するのだが、その覚束なさと言ったらない。

 その後に訪れる妻不在の日々。何も手につかない。何か書き始めると、これがまた一律、死んだ妻はいかに素・・・