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色褪せるアウンサンスーチー

政治家としては「役立たず」か

2012年11月号公開

「彼女への疑問符が失望に変化している」
 ミャンマーの民主化運動を人道支援してきた非政府組織(NGO)の関係者は、アウンサンスーチー氏についてこう漏らした。小規模野党に甘んじているとはいえ、晴れて国会議員となったスーチー氏の鈍い動きに不満が広がっている。

 スーチー氏はミャンマーのボトルネックである少数民族問題について明確な態度を表明していない。現在進行形の民主化プロセスにおいて埋没していることに加え、人権問題でも存在感を示せず、スーチー氏が急速に色褪せている。

 十月二十一日、ミャンマー西部ラカイン州で、イスラム教徒のロヒンギャ族と仏教徒のラカイン族との民族衝突が発生。三人が死亡し、民家やモスクなど四百棟以上が消失した。五月から六月に起きた衝突が再燃した形だが、この間も緊張状態は継続していた。

 ミャンマー国内に百三十以上ある少数民族の中でも、ロヒンギャ族は国籍すら与えられていない最下層の「棄民」である。隣国バングラデシュへの難民流出は止まっておらず、この間も国際社会は相次いで住民弾圧について警鐘を鳴らしてきた。七月には国連が、「ミャンマーのイスラム教徒が民族浄化の危機に晒されている」とコメント。八月にも、イスラム協力機構(OIC)がミャンマー当局による弾圧を非難する声明を出している。

少数民族問題でミソ


 スーチー氏がこの問題に消極的であることは、六月の時点で明らかだった。ノーベル平和賞受賞スピーチを行うために欧州を訪れた同氏はロヒンギャ族弾圧についての質問に「わかりません」と曖昧な態度をとり続けた。ただでさえ複雑な民族問題を抱える中で、国民ですらない「異教徒」に肩入れするのを避けた格好だ。冒頭のNGO関係者はこの時点でスーチー氏への疑問符が浮上したという。さらに「問題はロヒンギャ族だけではない」と指摘する。

 今春、スーチー氏はミャンマー国軍と武力衝突を続けてきたカレン族との会談を持つなど、少数民族問題を解決する姿勢を見せたものの、その後具体的な動きはほとんどない。唯一、七月末の下院議会で少数民族を保護する法案を制定するよう訴えたことくらいだ。

「法案を提出したわけではなく、『平等』や『権利』といった綺麗な言葉を並べたに過ぎない」
 現地紙記者はこう切って捨てる。八月にはテインセイン大統領との会談を行った。内容は公開されなかったが、少数民族問題を担当する閣僚が参加しており、この問題について話し合ったとみられている。しかしこの会談が成果をもたらさなかったことは、各部族との関係改善が停滞していることを見ればわかる。

 十月十七日、中国と接する北部カチン州で武力衝突が発生。ミャンマー国軍の砲撃によって、三人の民間人が死亡した。カチン族との和平交渉は、テーブルにつくきっかけすらない状態が続いている。

 現在のところ、停戦しているカレン民族同盟(KNU)との交渉も予断を許さない。繰り返し交渉は行われているが、和平内容が合意に至らない中、十月に入りKNUは内部対立により分裂しかかっている。交渉について、推進派と交戦派が衝突している格好だ。

 政権側との関係が停滞しているのはこの両民族だけではない。十月十八日、十一の民族で構成された統一民族連邦評議会(UNFC)は、日本財団の招きで来日し会見を開いた。代表者は「少数民族は悲劇的な被害者である」と苦境を訴えた。

「百以上の民族が、政権との距離や民主化を見つめる視線がそれぞれ異なる」
 前出現地紙記者はこう語る。同じ民族内でさえカレン族のように対立する。民主化が進む中で「少数民族は必ず自治権の拡大を求める」(同前)ため、国民の七割を占めるビルマ族に支えられる政権側は容易に譲歩できない。

 こうした中で、スーチー氏は最近ほとんど発言すらしなくなった。ミャンマー取材を続けてきた全国紙外信部記者はこう語る。
「スーチー氏への過大な期待はするべきでない。少数民族問題について彼女はほとんど知らない」

 少数民族のどこにアクセスすればチャネルが開けるのかわからないのだ。スーチー氏は反政府運動のプロだが、実際の政治や経済、外交については全くの素人だ。

 もちろん十五年に及ぶ軟禁生活を考えれば無理もない。しかし、彼女の周囲にもそれをサポートできる人材がいない。

 軍政は終了したが、この国を動かしているのはいまだに軍のテクノクラートである。この国の有能な人材は軍に集まるシステムだった。政治を動かすことはもちろん、外国の事情にも通じている有能な人材である。実際、現在の民主化を主導しているのは彼らなのだ。

アイドルではあるが


 スーチー氏が率いる国民民主連盟(NLD)の人材不足は、「スーチー氏が後継者を育ててこなかった」(前出全国紙記者)ことも大きな原因だ。NLDの実態は「スーチー党」である。建国の父アウンサン将軍の娘である彼女の人気は根強い。しかし、一挙手一投足に注目が集まる姿は文字通り崇拝の対象としての「アイドル(偶像)」である。

 外部からの人材を受け入れなくてはならないが、NLDは「民主化運動をしてきたものとしか組めない」とむしろ閉鎖的になっている。このままでは、仮に三年後の総選挙でNLDが圧勝しても政権担当能力はない。

 現在のスーチー氏の置かれた状況を予言していたのは、米国のクリントン国務長官だ。今年三月に米国で開催された「世界女性サミット」で同国務長官はスーチー氏について「政治と理想の間でバランスを取るのは難しい」と語った。過大な期待はスーチー氏を苦しめかねないという警告だ。

 スーチー氏が民主化の悲劇のヒロインであったことは事実だ。断続的に十五年もの間軟禁下に置かれ、家族との交流さえ遮断された艱難辛苦は余人には想像もつかない。しかし、そのこととスーチー氏の政治能力は切り離されなくてはならない。

 急激な民主化はさまざまな矛盾を孕んだまま進んでいる。国民の権利意識は徐々に肥大化し、それは少数民族にも当てはまる。欧米流に権利を与えて済む話ではない。スーチー氏が下手に人気取りに動けば、むしろ混乱し「逆コース」さえ招きかねない。同氏が民主化にブレーキをかけるという最悪の悲劇である。

 ビルマ族からの絶大な支持を受けるスーチー氏がミャンマーのキーパーソンである事実は変わらない。しかし、虐げられているものに無制限に手を差し伸べるかのような「スーチー幻想」から距離を置き、冷静に政治家としての能力を見極めるべき時がきている。


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