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連載

追想 バテレンの世紀 連載84

祝福された殉教
渡辺 京二

2013年3月号

 一六一三年にはいると有馬直純は、父晴信とその夫人ジュスタの遺児二人を殺し、金山城主ジョルジ結城弥平次を追放した。ジョルジはヴィレラに洗礼を授けられた古参キリシタンであり、小西行長・加藤清正によって重用された武将でもあるから、直純にもそれなりの遠慮があったが、領内の改宗が遅々として進まぬ現状では、何か実績を示す必要があった。ジョルジは余生を長崎で過し、信仰を全うしたと伝えられる。

 長崎奉行長谷川左兵衛は駿府へ上る旅の途中から、直純に書を送って、貴殿自身がキリシタンゆえに領内の邪教を根絶できないでいると噂されている、家康君にこのことを申し上げぬわけにはゆかぬと脅した。慄え上った直純は家臣中の重立ったキリシタン八名を呼び出し、涙ながらに懇願した。

「わが領地も名誉も汝らの手中にある。余に愛情があれば、たとえ一日でも一時間でも、あの仏僧の前でキリシタンでないことを示し、その後は思うようにせよ。それによって汝らは同信の友にもよいことをすることになる。なぜなら余はそれだけで満足し、他の信徒には手をつけないからである。どうか領内の平和のために、わずかの・・・