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連載

皇室の風55

ゴルディアスの結び目
岩井克己

2013年3月号

 平成五年五月十四日、埼玉県大宮市(現さいたま市大宮区)の護国神社。小雨の降りしきるなか車で到着した天皇は、差していた傘を宮内庁職員に手渡して社殿に入った。入って数歩進み一礼すると、すぐ向き直って出て来た。傘をたたんで引き下がり一息つこうとしていた職員は、あわてて戻り再び傘を手渡した。この間、わずか十秒ほどだったと思う。車列はすぐに次の視察場所へと向かった。

 この時の埼玉県訪問は地方事情視察が目的。その日程に「武蔵国一宮」と呼ばれる旧官幣大社「氷川神社」訪問が組み入れられた。中国戦線の神社から戻された北白川宮永久王の霊が一時祀られた(その後、靖国神社に奉遷)など皇室との縁も深い。「地元の強い要望で」(宮内庁)隣接の護国神社にも立ち寄ったのである。あっという間の略式参拝で、筆者を含む報道陣も、当時はこれが十五年ぶりの天皇の護国神社参拝の再開だという意識はなく、ほとんど報道もされなかった。

 戦後、昭和天皇は昭和三十二年から毎年のように地方訪問の際に各地の護国神社を参拝していたが、昭和五十三年の高知県護国神社を最後に途絶えていた。靖国神社の参拝・・・