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連載

本に遇う 連載160

言わねばならぬこと
河谷史夫

2013年4月号

 言論で何が大事かと言えば、言わずと決まっている。言わなければならないことを言うということである。言うべきことを言うということである。当今、言わずもがなの言論が多すぎないか。

 戦前戦中の山本周五郎には、封建社会のなかでも言うべきことを口にする人物が多く出て来る。

 やむを得ぬ義理で某藩重臣の暗殺を頼まれた浪人が、標的を訪ねて行く。聞かされた「殺すべき理由」を質すと話が違う。派閥争いが絡んでいたのだ。依頼人は虚言を弄していた(「五十三右衛門」)。

 江戸上屋敷の改築や主君を老中役付きにする工作資金捻出のため増税を図ろうとしている家老の前で、一勘定奉行が面を冒してその非を鳴らす(「湖畔の人々」)。

 けだし言論封殺の時代にあって山本周五郎は、自由な言論の大事を伝えようとしたのであろう。
『新潮45』三月号巻頭に「皇太子殿下、ご退位なさいませ」とあったのに打たれた。論者は宗教学者の山折哲雄である。何に打たれたかと言うと、そのタイトルである。簡にして要を得た一文がすべてを語り尽くして余剰がない。・・・