三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌書店では手に入らない、月刊総合情報誌

社会・文化

嘘とカネまみれの日本医学会

医師と業者の癒着に世界が疑惑の目

2013年6月号公開

 日本の医学界に世界から疑惑の目が向けられている。四月十一日、京都府立医科大学の松原弘明元教授(二月末に辞職)がかかわった論文十四本で、五十二件ものデータ捏造や改竄が見つかった「事件」だ。医師が資金提供の見返りに、ノバルティスファーマの高血圧治療薬「バルサルタン」を絶賛する論文を発表した極めて悪質なこの事件は、あらためて日本の医学界の「後進性」を浮き彫りにした。

 だが、その「共犯者」であるはずの製薬会社と日本医師会(日医)が、ここにきて「医療とカネ」の問題をめぐって対立している。問題になっているのは日本製薬工業協会(製薬協)が策定した「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」。要は、医師と製薬会社の間の「利益相反」にかかわる業界のガイドラインだ。

 ここでいう利益相反とは、製薬会社などからカネを受け取ることで研究が歪む、もしくはそう疑われる事態を指す。製薬業界からの資金提供なしには医学研究は成り立たないので、「誰がどの会社からいくらもらったか」をオープンにすることで患者や市民の疑いを払拭し、研究の倫理性を担保しようというのが、そもそものガイドライン策定の目的であった。

 ガイドラインでは「A・研究費開発費等」は製薬会社ごとの年間総額、「B・学術研究助成費」(寄附金、学会共催費など)は大学名・講座名・学会名と件数、金額、「C・原稿執筆料等」は医師の肩書、氏名と件数、金額を公表することになっていた。

 だがそのうち、C(原稿料等)に日医が反発。日本医学会と連名で医師名・金額等の公表の三年延期を要求。結局、製薬協は一年延期を約束させられたというから、ガイドラインが聞いて呆れる。


実態はズブズブ

 製薬協は「産学が連携しないとメディカルニーズには応えられません。透明性を高めていくという点では違いはないので、一年かけて周知を進めます」(広報)と言うが、日医の三上裕司常任理事は、こう憤慨する。

「プロモーションの費用なら公開してもいいが、Cには利益相反にまったく関係ないセミナーの講師料も含まれている。それを一円から個人名まで公表するのはおかしい。利益相反というなら、むしろAに問題があるのに、そちらは総額だけだと。A項目こそ、『**先生に**社がいくら出しているか』公表すべきなんです」

 製薬会社はなぜA項目を大づかみにしか公開しないのかといえば、「激しい新薬開発競争があるので手の内はさらせない」といういわば内向きの話だから、日医が「筋が違う」と言うのも一理ある。

 ただし、製薬会社は現在、日医の言う「中立的医療セミナー」の講師料を販売促進費に計上しており、会計処理からすれば「利益相反にあたるカネ」ともいえる。それを「学長選の話で『**先生がいくらもらっている』という記事が週刊誌に出たこともあり、悪意ある人たちにその情報が利用される」(三上氏)と日医側が主張しても、世論の理解は得られまい。

 だがその一方で、そうした日医側の・弱み・につけ込み、日医を情報開示に抵抗する「悪者」に仕立てることで、利益相反の本丸(A項目)の開示レベルを下げようと画策する製薬会社側の思惑も浮かび上がる。二〇一一年六月、日本の大手製薬会社MSDが、度重なる公正競争規約違反事案を受け、製薬協から会員資格停止処分を受けた。MSDが社内調査の結果として認めた「不適切な行為」は多岐にわたっている。

▼豪州で開かれた「研修プログラム」に糖尿病専門医を延べ四十八人派遣。一人当たり六十五万円の旅費・宿泊費に加え一人五万円の「謝金」も配った。

▼ワクチンや高脂血症治療薬に関するアドバイスを得るためと称して医師を集め、一人当たり三万~七万円を配った。

▼他社の高血圧治療薬から自社のクスリに切り替えた医師に商品券を配ろうとした(指摘を受け中止)。

 日医側は「これは利益相反とは関係がない」と言うが、MSDから二億二千万円が延べ三千四百人余の医師に渡ったのは事実。カネの力はやはり強い。

 冒頭の事件でも、松原元教授の研究室には、製薬会社から一億四百四十万円の奨学寄附金がはいっていた。広告塔を演じた同氏は大学の研究誌に、「私たちは循環器科医として基礎研究から新たな知見を見出し、臨床応用を前提とした洗練された臨床研究を通じて、実際の治療に発展させるというトランスレーショナルリサーチに重点を置いている」と書いていた。トランスレーショナルリサーチとは、基礎研究の成果を臨床に実用化させる「橋渡し」を意味する。バルサルタンも、その輝かしい成功例になったのだろう。「捏造」さえバレなければ。実態は洗練どころか、ズブズブだったわけだ。


「日本はまだまだ甘い」

 副作用死をめぐり、利益相反が背後にあると指摘されたのが、肺がん治療薬イレッサの事件である。

「闘いはここで終わります」

 四月十二日、イレッサの副作用・間質性肺炎で娘を亡くした遺族は、静かに語った。彼らはイレッサの輸入販売元アストラゼネカと国を訴えていたが、この日、最高裁で敗訴が決まった。

 最初から日本市場を狙っていたのだろうか。クスリとしての承認前から新聞や雑誌にイレッサを賞賛する記事や対談があふれ、「夢の新薬」への期待が膨らんだ。宣伝に協力してカネをもらった有名医師たちは、副作用死が相次ぐと、学会に設置された委員会に入って「使用継続」のレールを引き、裁判では国・製薬会社側で証言台に立った。「大きな力が働いて、娘はモルモットになったんでしょうか」と遺族(前出)は唇を噛む。

 現在、新薬の審査は国ではなく、独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)が担う。薬害問題に詳しい薬剤師はこう話す。

「PMDAは製薬会社から多額の審査料を取って、新薬を審査しています。危ない新薬候補にブレーキを踏みたくても、製薬会社のカネに依存して利きが鈍る恐れがある。海外の一流医学雑誌は、製薬会社からカネを得た研究者・医師が書いた、その会社のクスリなどにかかわる論文は掲載しない。日本はまだまだ甘いのです」

 PMDAに意見を述べる第三者機関に科学委員会があるが、「ほとんどの先生(委員)が最先端の研究をしているので、企業との連携が多くなる」(内海英雄・審査等改革本部長)のが偽らざる実態だ。

 そのPMDAにいま、安倍内閣から「最先端の医薬品開発のため、審査を迅速化しろ」とハッパがかかる。ブレーキを鈍らせてアクセルを踏み込めと言わんばかりに。

 日医vs製薬協。関係者同士のコップの中の争いを超えて、利益相反に関する大胆な開示に踏み切るべきときではないか。


掲載物の無断転載・複製を禁じます©選択出版

この記事を読んだ人はこんな記事も読んでいます