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連載

皇室の風 62

「浄瑠璃寺だね」
岩井克己

2013年10月号

「浄瑠璃寺だね」
 和辻哲郎は、妻照が長男夏彦の嫁にどうかと見せた写真の娘を見て、満足そうに言った。「浄瑠璃寺の吉祥天に似ているというのだ」と照は記す。
「つつましい芸術家の家庭に、父は彫刻家母は画家の両親と、京大出の一人の兄とに可愛がられて育った、愛らしい清らかなそして賢い娘だった」(『和辻哲郎とともに』)
 
こうしてその娘は半年後の昭和二十二年、お茶の水の東京女子高等師範学校附属高等女学校を卒業するとすぐ和辻家に嫁入りした。
 和辻雅子。和辻家の嫁として哲郎・照夫妻を看取り、夫の夏彦の死後の昭和五十四年、求められて東宮女官となった。その後も御用掛として平成二十四年まで現皇后に三十三年間仕えた。紀宮清子内親王の世話役を幼時から任され、成年後は歴代内親王で初めて携わることになった公務にも随従し、東京都職員黒田慶樹との結婚の諸行事でも裏方の中心となった。

 黒田夫妻が新婚時代に仮住まいしたマンションを天皇・皇后が訪ねた時は、余りに狭くて土産をどこに置こうか戸惑ったという話や、近くの商店街の人たちが見て見ぬふりでさり・・・