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連載

本に遇う 連載 169

借金五千万円と五十両
河谷 史夫

2014年1月号


 何はともあれ、暮れは赤穂浪士である。旧臘、歌舞伎座は「仮名手本」で、国立劇場は「知られざる忠臣蔵」だった。看板に引かれて国立劇場のほうを覗いた。

 寛政三年初演の「弥作の鎌腹」は初代吉右衛門の当り役だったといい、それを初役で演ずる二代目が贔屓なこともある。

 人の好い百姓弥作は、塩冶判官に仕えていた弟の弥五郎から討ち入りの秘密を明かされ口止めされた。しかるについ代官に漏らしてしまう。行きがかり上、代官を鉄砲で撃ち、己は鎌で腹を切る。

 この代官、ただカネのことしか頭にない。威張り腐って強欲のところが都知事を辞める猪瀬直樹に似ている。カネにこだわる人間は面相に出る。田中角栄がそうだったが、猪瀬の顔も歪んできた。

 だいたいが評判のいい男でなかった。すぐ居丈高になると聞いた。按ずるにそれは、何か劣等感の裏返しであろう。『天皇の影法師』や『ミカドの肖像』を読むには読んだが、大して感心した覚えはなく、関心はついぞなかった。

 それが道路公団民営化のころ、識者然として立ち現・・・