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社会・文化

日本版NIHの「真っ黒」な船出

噴飯ものの「医療研究の司令塔」

2015年4月号公開

 米国立衛生研究所(NIH)をモデルとした独立行政法人「日本医療研究開発機構(AMED)」が四月一日に発足した。日本の医療研究予算を一元化することを掲げた組織だが、「日本版NIH」と呼ぶのもおこがましい船出をした。

 東京・大手町。AMEDは、昨年竣工した読売新聞東京本社ビルの五つのフロアに入居する。三百人の職員がここに詰めて、日本の創薬、医療機器開発の司令塔になるという。全国紙科学部記者が語る。

「首相の肝煎りだけあって一足飛びに実現したが、中身はすっかり骨抜きにされた」

 第二次安倍政権発足後に重点政策に指定され、二〇一三年六月には成長戦略に盛り込まれた。当初、研究者の間ではAMEDについて、期待する声と警戒の声が拮抗していた。従来、厚生労働省、文部科学省、経済産業省に分かれていた予算が一元化されることにより研究スピードが上がるという期待だ。一方で、「成果の見えやすい研究しか予算がつかないのではないか」という見方も出ていた。しかし今となっては「これまでと変わらず、むしろ官僚の天下り先の独法が新たにできただけ」(医学部教授)と失望に変わっている。

 構想段階では、日本の科学振興予算約一兆二千億円の四分の一、三千億円がAMEDに集中される予定だった。これでも、本家NIHの三百億ドル(約三兆六千億円)の十分の一に過ぎないが、最終的に半額の約一千四百億円(一五年度)にまで萎んだ。各省が予算を囲い込んだ結果である。

 この一千四百億円についても「各省からの出向者によって縄張りは守られる」(文科省担当記者)という。AMEDの約三百人の職員のうち、百二人は既存の省庁や独立行政法人から割り当てられる。厚労省から七人、経産省から四人、文科省の所管法人である科学技術振興機構(JST)から四十二人など寄り合い所帯なのだ。特に科研費の大半を移管された厚労省は「AMEDを出先機関の一つにするつもり」(前出科学部記者)という。厚労省担当記者が語る。

「結局、官僚らしく首相の顔は立てつつも省益は手放さない」

理事長の資質に疑問符

 AMED設立法を見ると、所管大臣について、総理大臣、厚労相、文科相、経産相の四人が並んでおり、一元化とは程遠い。案の定というべきか、三月二十五日に明らかにされた中長期目標は目玉事業ひとつなく、記者が呆れるほどスカスカな内容だった。

 ただ、強力なリーダーシップを発揮する人間がトップに就けば、わずかながらでも可能性はあった。しかし記念すべき初代理事長になったのは、この三月まで慶應義塾大学医学部長を務めていた末松誠氏だ。慶應医学部関係者が嘆息する。

「末松さんには期待できない」

 初代理事長の人選は難航し、適当な候補がなかなか挙がらなかった。公募するという観測が流れたこともあったが、最終的には官邸が主導して決定した。実は、末松氏よりも前に「四人ほどの候補者がいたが、すべて断られていた」(医療担当記者)という。まともな研究者は官僚に支配された名ばかり理事長になることには耐えられなかったのだろう。これを嬉々として受けたのが、末松氏なのだ。

 末松氏に、医療研究の司令塔を務める資質はあるのか。結論からいえば大きな疑問符がつく。末松氏については薄汚いエピソードばかりが転がっているのだ。

 一例は、〇九年に起きた「右翼街宣車事件」だ。長崎県に本拠を置く右翼団体「正氣塾」が東京・信濃町の慶應病院や末松氏の自宅にまで押しかけて街宣を行った。正氣塾は「医学部長の末松はカネを着服している」と糾弾。怯えた末松氏は、自宅と研究室にガードマンを配置、防弾チョッキを着用し、これらの費用を慶應医学部に請求した。最終的に、末松氏が「ある人物」に依頼して街宣が収まったとされる。正氣塾の主張や、収束の経緯の真相は闇の中だ。だが、末松氏にはカネの噂が絶えない。

 たとえば、〇二年に設立されたベンチャー企業「オキシジェニクス」から末松氏に相当な資金が流れていた。同社は今世紀中の実現は不可能と言われる人工赤血球開発を目指していたが、元々の研究を始めたのは早稲田大学の工学部教授だった。末松氏は、慶應医学部の教授を介して共同研究者として加わった。オキシジェニクス設立に際して、末松氏は技術顧問として潜り込み、同社の研究予算を差配していたとされる。オキシジェニクスは成果を残せずに〇八年に破産したが、この間に四十億円もの研究資金が流れ込んでいる。ある医療雑誌記者は「このカネが末松氏の財布だった」と指摘する。

 このほかにも、「教授ポストをカネで売っている」(別の慶應関係者)という話がまことしやかに流れている。日本の医療研究の司令塔組織のトップには相応しい人物ではないだろう。

読売新聞との「親密」な関係

 不興を買うAMEDだが、「歓迎の声はごく一部にある」と前出科学部記者が語る。

「自社ビルに入居させた読売は大喜びだ。AMEDと読売は一体なのではないかという疑問まで浮上している」

 読売本社ビルへの入居の詳しい条件は不明だ。しかし「大手町の相場をかなり下回る家賃を提示して入ってもらった」(読売関係者)というから、不動産収入が美味しいわけではないようだ。前出科学部記者が語る。

「今後、読売は大学や医療関連のビジネスを広げていく目論みだ」

 AMEDとの親密な関係を表す広告が、読売新聞の二月二十八日付朝刊七面に掲載された。半五段のスペースの広告は三月二十二日に開催されたAMEDのシンポジウムを告知するものだった。このシンポの主催者はAMED設立準備委員会。共催は内閣官房、内閣府と関連三省だ。通常、こうした政府系イベントの広告は「一社だけでなく数紙に出稿される」(全国紙関係者)。しかも、「AMEDの企画広告が数千万円で読売だけに持ち込まれている」(大手広告代理店関係者)とされる。

 読売が狙うパイはさらに大きい。現在、医大や製薬会社といった医療系の広告は「朝日新聞が圧倒的に強い」(前出全国紙関係者)。読売は「AMEDとの緊密な関係を盾に朝日の縄張りを奪いに行くつもり」(同)なのだ。

 読売は、二月に「AMED担当」ともいうべき、「医療ネットワーク準備室」という部署を社長直轄で新設した。経済部次長や、政治部次長(兼任)を送り込むほどの熱の入れようで、今後ここが読売の医療関連ビジネスの司令塔になる。本社ビルへの入居も含めて「官邸との距離の近さがなせる業」(他社の政治部記者)だろう。

 胡散臭い話ばかりがついて回るAMEDの行く手に、日本の医療研究の明るい未来は見えてこない。


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