三万人のための情報誌 選択出版

書店では手に入らない、月刊総合情報誌会員だけが読める月間総合情報誌

連載

誤審のスポーツ史 07

廃れゆく「かばい手」の美学
中村 計

2015年7月号

 相手を思いやって、勝つ―。真剣勝負の世界には似つかわしくない考え方だが、それが国技・大相撲の底を流れる思想である。

 その精神性をもっとも象徴しているのが、新弟子時代に誰もが叩き込まれる「かばい手」という発想だ。

 相撲でもっとも怪我をする確率が高いのは、もつれ合いながら倒れ、下になった者が上の者に押し潰されてしまうケースだ。そのため、上の力士は危険を察知した場合、先に手をついて体重を逃がす。それがかばい手だ。ただし、かばったと認められるためには、相手が逆転不可能な体勢、つまり「死に体」であることが条件になる。この死に体であるか否かの基準がじつに曖昧で、過去、何度となく論争を巻き起こしてきた。

 かばい手を世に広めた取組がある。一九七二年の初場所八日目。北の富士と貴ノ花の一戦である。対戦成績は、北の富士の十三勝五敗。その横綱に、「角界のプリンス」と呼ばれ、当代随一の人気を誇った名力士がどこまで粘れるかが焦点だった。

 左四つに組んだ北の富士は、左から右からと貴ノ花に投げを打つ。しかし「下半身にもう・・・