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連載

本に遇う 連載188

楽な人生など、ない
河谷史夫

2015年8月号

 昔はきんさんとぎんさんに、もう一人くらいしかいなかったのではないか。百歳を超えた人がいま五万八千人もいるそうである。

 美術家篠田桃紅著『一〇三歳になってわかったこと』の広告を見た。齢を取るとはどういうことか、齢を取ってみなければ分からない。分かるも分からないも当人次第だろうし、禅坊主の悟りに似て、他人が分かったと言うのを聞いても始まらないと思うが、宣伝によれば、篠田本は大いに売れているというから長寿はめでたい。

「死が到来すれば、万事は休する。従って、われわれに持てるのは、死の予感だけだ」とは八十歳で死んだ小林秀雄の言であった。

 予感があったのか、新聞の先輩で「おれは七十歳で死ぬ」と公言していたのが本当に七十歳で死んだのには驚いた。山本博のことだ。新聞の申し子のごとき男で、時の竹下登内閣を潰したリクルート事件を頂点として、一九八〇年代の朝日新聞が放った一連の調査報道の中心を担った。アクが強くて、歯に衣着せぬ物言いをし、敵も多かったが、人たらしのところがあって、敵対的な取材相手をたちどころに取材協力者にしてしまう手腕・・・