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連載

追想 バテレンの世紀 連載113

矢文による応酬
渡辺京二

2015年8月号

 一月一〇日、松平信綱は寄手各藩から計三〇名の射手を出させ、矢文を城中に射こませた。文面は「わざわざ一翰申し遣わし候。今度古城に楯籠り、敵を成す条いわれなし。併せて天下に恨みこれあり候や。また長門(松倉勝家)に一分の恨これありや。その恨一通にてこれあらば、いか様とも望みを叶え」ようと書き出し、「和談を遂げて下城」するなら、それぞれの家へ帰って耕作することを許そうし、当座の飯米として二千石を与え、年貢は今後定免三つ成、諸公役はのちのちまで免除すると、いいことづくめを並べ立て、「偽りはあるべからざる也」と結ぶ。

 もちろん本気で和議を申し出ているのではない。籠城衆のうちに動揺を生じさせ、結束を乱そうというのだ。これに対する返書は一三日、これも矢文の形で攻囲軍に届いた。この矢文の文面は各種伝わっているが、天野四郎という署名のある一文など文飾甚しく、一見して偽作の疑いが濃い。

 しかし、熊本藩の堀江勘兵衛が同藩家老長岡監物に宛てた一四日付書簡によると、その内容は「上様への申し分もござなく候。松倉殿への申し分もござなく候。宗門の儀に付きてかくのごとく籠・・・